2020年03月29日

 悲しい歌 (6)

これは悲しい歌ではない
しかし越後でだんだん歳をとっていき
足腰が立たなくなってしまうのではないか
と思うと悲しくなるのだ
その意味で此の歌は希望とあせりの歌だ
 〜♪ しなのの国は十州に
    堺を接する国にして〜♪

 松本 伊那 佐久 善光寺
    四つの平は肥沃の地 〜♪

〜仁科五郎信盛も
この仁科五郎というのは武田四郎勝頼の弟である
武田滅亡のとき高遠城に籠って武田唯一の合戦をした
武将である
それが県民の記憶に残っていて県歌に歌われたのだ
彼の最後は高遠城の大手門のところで切腹をして
内臓を掴みだして織田軍に投げつけたという
その血を吸った高遠の桜は血染めの桜と言って
いまでも美しく咲くと言う
十年ほど前に観に行ったが 北アルプスの白い雪を
背にして仁科五郎を思い出させてくれた。
 https://www.youtube.com/watch?v=f-ActEySmiY

  長野県歌  信濃の国 へ飛ぶ
 まずこんなに立派な作詞の県歌はどこにもない
posted by 花蓮 at 15:42| Comment(0) | 日記

 悲しい歌 菩提樹 (5)

シューベルトの冬の旅から菩提樹
大学一年のクリスマス
少ない小銭を握りしめ
私は池袋の芳林堂に入っていった
四階のレコード売り場に
クラシックなんて全く知らない
高校卒業の昭和四十年三月のある日同級生が街一番の
喫茶店に集まった
東大に受かったラグビー部のやつが
中心だ
私は隅で黙っていた
彼がドイツ歌曲の話をした
私は全く知らなかった
私の生まれは新潟市でも信濃川を渡ったはずれ
子どもの頃は新潟市は幕府の天領の西新潟と新発田藩
の外様領の東新潟と別れていた
オイラの小学校は新発田藩の米蔵の跡に建ったもの
東には喫茶店も無かった
 話は戻る
東大野郎はシューベルトの話をした
そしてやっとオイラは芳林堂の四階で野郎の足元
に追いついた
デートリッヒ・フィッシャーディカウ
この人が一番有名らしい
何枚もある
私は一番安い盤を買った
池袋から東長崎まで歩き 電車賃をうかした
東長崎の質屋のウインドーをのぞき
三千円のターンテーブルを買った
〜♪ アンブル〜ネン フォルデムトーレ
   ダ シュテート アイン リンデンバウム〜

http://pacem.web.fc2.com/youtube_romantic/schubert_winterreise/dieskau_lindenbaum.htm
   
<ドイツ語 菩提樹>

雨漏りのする下宿で ドイツが鳴った
posted by 花蓮 at 11:38| Comment(0) | 日記

 悲しい歌 (4)

中山道といえば山ばかりで
東海道の海と太陽に比べて
陰鬱な感じを否めない。
島崎藤村はそんな幕末から明治に
中山道に生まれた星だ
夜明け前、若菜集、
そして今日の「惜別歌」だ
この舞台は中山道が諏訪湖に突き当たり
峠を越えて佐久平に入った「懐古園」
だろうと思う
 〜♪ 遠き別れに耐えかねて
    此の高殿に登るかな〜♪

https://www.uta-net.com/movie/96759/
<藤村  惜別の歌 賠償千恵子 へ飛ぶ>


懐古園に天守の石垣が残っている
がしかし 天守は最初から建てられなかった
のではないか
まだ調べていない
その先に進むと千曲川の断崖になっている
八ケ岳連峰が望まれる
藤村記念館は昼の薄ぼんやりした空気に包まれ
客はひとりも居なかった
昭和四十五年の夏だった。
posted by 花蓮 at 10:29| Comment(0) | 日記