2017年06月16日

最近は関西にいる

とはいってもチュウブの上の事
いつまでも神戸にとどまっています。
前に良く見ていた「勝谷マサヒコ」が出ていた、
「そこまで言って委員会」は日曜の楽しみだった。
彼が番組を下ろされていつか見る回数も減っていた。
その彼が出陣式とか 兵庫県知事選挙に出るらしい
青山繁晴さんが姫路の出身なことも知った
司馬遼太郎の「播磨灘物語」だ
そんな事で義経のひよどり越え」 三宮、姫路城、
行くところがいっぱいになった。
四選知事を阻止して欲しい
播磨の国から目が離せなくなった。


posted by 花蓮 at 08:32| Comment(0) | 日記

2017年06月15日

しばらくお休みしました

チュ−ブの加古川線前面展望を見ていたら<播州>
に迷い込んでしまっていた。
加古川ー西脇市、人生一度も注目したこともない
西脇市をネットで見る、なんだか寂しくなる
地方のさびれた町、これから行く事もない西脇市
その駅からバスに乗る神戸三宮行「神姫バス」(しんき)
神戸・姫路地方のバスらしい、バスの前面展望ーは旅をした気分
高速を通り「三田アウトレットモール」に止まる。相当に大きな施設らしい
よそ者にとって「三田」といっても分らない。次は三宮だ
名前だけは知っている。
三宮から神戸市バスの前面展望に乗る、「ヒヨドリ幸せの村」と言うのに
乗る。まるで旅行気分
ヒヨドリというのは義経のヒヨドリ越えの戦いの場所らしい? が・・
まだ調べていない”
この「しわせの村」というのが何十万坪の保養施設だった
新潟にもある”厚生年金施設”だ 宿泊料は格安、温泉もある
頭の中は”50年振りの彼女”と関西ドライブ
ひよどり越えの施設へと勝手に夢想。
(つづく)

posted by 花蓮 at 22:27| Comment(0) | 日記

2017年06月07日

五十年目の出逢い

むかしむかし わたしが青年だった頃
品川区大崎の母の親友の家で彼女に逢った。
昭和39年 立教大学の一年
毎日腹を空かしていたので、食事を期待して
「省線」に乗って大崎駅に行った
おそらく鉄道省のなごりでそういう言い方が混在
していたのだと思う。
当時大崎駅裏は工場地帯、明電舎ソニーの工場があった
その家はソニーのすぐ隣、吹けば飛ぶような家だった。
彼女はその叔母さんの兄の娘
五十年前を鮮やかに思い出す
二階の居間で会った、昨日でんわで聞くと五歳した
という。
セーラー服が眩しかった。
その彼女は今まで独身
昨日何べんも言った
「二階で会った時の写真まだもってますよ」
紅顔可憐の美少年だった「私」
いま会ったら禿げあたまでびっくりするだろう。
今 大崎は激変した 明電舎ソニーの工場跡は(ビル群
山の手線はかわらないが、道路が拡幅になって
かつての家はマンション
独身の彼女は叔母の介護でマンションに移ってきた。
五十年目の出会いはどうなるでしょう

posted by 花蓮 at 08:19| Comment(0) | 日記