2018年06月04日

野となれ 山となれ

今日は介護施設の風呂にいってきた。
ついでに足の運動もしてくる。ヘルパーの中でも老人の女が
私にくっついて困る。じゃけんに扱うのだが一向にこたえない。
女も男も年取るとゴミみたいなものである。
友人医者が言った・
老年の誕生日はちっともめでたくない・
たしかにそうだ ・ ある程度であの世に行くのがよい、
わたしは夜ふとんに入ると念仏をとなえる
”念彼観音力”(ねんぴかんのんりき)である
此の世で最短の念仏である
短くないと使えないからだ 坊主のように教本を持ち歩く
わけにはいかないからだ
わたしは若いときから何かこの世に特別
な方法があるのではないかと数百冊のその方面の本を買った。
今妻も死にひとりになった。これが俺の結末か、
世の中は急に百年人生などと言い出した。
70、80歳の貯金では足りないことが分ってきた
政府もあわてて年金計画の練り直しをしている。
老人が溢れるのだ
ゲゲゲの鬼太郎のようにこの世には{妖怪}が
ともに生きているのだ
その妖怪にかたりかける呪文が”念彼観音力”
では
ないだろうか
彼の空海大阿闍梨が言っておられる。
だから私は丁度いいときに死ぬ。
布団の中で”念彼観音力”と唱えるとふっと楽になるのだ。
後は野となれ山となれ しるか・・・・・
posted by 花蓮 at 20:16| Comment(0) | 日記

2018年05月31日

石坂洋二郎と青い山脈

今日夕方 介護事業所のヘルパーに送ってもらった。
どうしたことかへルパーが語りだした。
あまり喋りたくなかったが、黙っているのも悪いので
適当に合した、「娘がデートに行って映画を見たんです
そのタイトルが「私は貝になりたい」ですって」
ああ 俺らの世代はフランキー堺が主演してたよ
「娘が見たのは仲居正弘」だいぶ世代が違う。
僕は吉永小百合せだい 青い山脈かな」
中学生の頃屋根裏部屋で石坂洋二郎をむさぼり読んだのを
思い出した。去年 ブックオフで洋二郎の若い人を百円で買った。
あの屋根裏の興奮があるのかとページをめくった。
しかし石坂先生の筋の運びの古さが目立ち読むの止めた。
あの下半身の疼き”はもう無かった。
おれは”若い世代”からずれてしまったのか
昨日 訪問介護の若い娘がメモを残していった
「お薬飲み忘れないように!!」
爺の心を迷わせる爆発マークの走り書き。
posted by 花蓮 at 19:49| Comment(0) | 日記

2018年05月23日

蓮華なんて知らない

七十歳の私が大学を卒業した四月、浜松に居た
若々しい私はバイクに乗って浜名湖の田舎に営業に行った
新入社員は車がなかった。
ふと周りを見ると一面花が咲いている。
なんてきれいなんだ
見渡すかぎり 花だ
故郷の越後では見たことがない。
暗い越後
それと正反対の東海の田園
わたしはバイクを停めて花畑に入っていった。
西洋のような気分で花を摘んだ・
うれしかった
会社に帰ったら裕子に見せてやろう
”花畑があったんだよ”
どんなによろぶだろう
私は意気揚々と支店の通用口を開けた。
花を持った左手を彼女に差し出した。
後に妻になる裕子は 不思議そうな顔をした。
どうしたの
一面の花畑があったんだ。
「これ」
「蓮華でしょ」「めずらしくないわ」
見た事がなかったの?」
一緒に耕して肥料にするのよ」
新潟ではないよ」

くそ越後め 恥をかいた

裕子は空き瓶に蓮華を差して
デスクに飾った。
今 浜松に支店はない
裕子は39歳で天国に逝った
俺はひとり のこった
♪ 蓮華の花が〜
越後でこの唱歌を歌った事がある 歌の中だけ
〜 たき火だ たき火だ 落ち葉たき〜
この風景も越後では無い なぜならもう氷雨の冬だから






posted by 花蓮 at 08:25| Comment(0) | 日記