2014年08月23日

中國人のための日本

昨日の朝 携帯が鳴った

だれだこんなに早く

近所の中國人主婦だった。

日本語を教えているんんだけど

確かに頭が悪い、

性格は抜群なのに

好意と怒りの言葉がいつも出て来る

来日6年になるのに日本語がめちゃくちゃだ。

昔私の会社で中国人アルバイトを50人使った

私の中國語はその時覚えたのだ。

「ミンテンライ、ホーテンブライ、ダホーテンライ」

明日は来い、明後日は来なくて良い、しあさっては来い」

バイトの指示だ。

それに比べて主婦は極端に遅いから怒るのだ

三年たったが逃げるつもりもない

日本に永住するのだ

ならばもう少し喋らなければならない。

彼女もこの気持ちが分って、

縁を切らない

来日中の親族、母と息子とその嫁、

主人と五人で、

九月ディズニー、ジボリに行くらしい

「ジボりじゃなくてジブリ美術館だろ」

修正する

主婦はジブリなんて知らない25歳息子は・・

「息子が絶対行くっていうんだもの」

中國人も行く、たしか三鷹だ。

中国人が三鷹に行きたいか

ジブリ美術館は黒龍江でも有名らしい。

ネットの情報が広がっているの知った。

上野の旅館一部屋に五人泊まって

中國人を案内する中国人に

一日一万円で頼むと言う。

こんな商売が成立しているのだ。

主人は日本人なのに乗り換えを

怖がって中国人に頼んだのである。

木場のカプセルを主人が絶対嫌だと

初めてで怖いという。

上段がごちゃごちゃ・・・

夫婦で心配している

「上段は誰でも登れるよ」

「上野と新宿はディにどちらが近いの?」

ハルピンに泊まって南岸区と道理区は

どちらがテレビ塔に近いか心配するようなもの。

しなくていい 心配はするな!」

「ディズは近いの?」

「案内板に従って行け!」

予約を助けて欲しいと言うのが

電話の趣旨。

カプセルの写真をプリントアウト

後は健康ランドと同じだよと主人に電話。

3月に結婚した60歳オヤジと同じ質問だ

「乗り換えが怖い」と言う

私は言った。

「看板を見ろ!!!!」 日本人に言っているのだ

中國人が日本人を新宿へ案内する

(靖国へ行け)

先日来た中国人若者

ベンツA300を日本で解体して

ラオス経由で中国に送るという

それを中国で組み立てれば

何千万になると言った

日本を舞台に生きる中国人

益々拡大する。

お人好しのジャパニーズ。

先日ブログに登場した4500万、と2億の

悪辣日本人に比べてほのぼのした家族だ。

そんな奴はジブリを見ると良い。

posted by 花蓮 at 07:36 | TrackBack(0) | 旅行

2014年07月18日

昨日の旅行社の話

昨日は旅行社へ行った

担当の女の子は「私の小説」の読者だ

「鎌倉物語」を3月に出版社に送って

だいぶ経つ

彼女は粗筋をはっきり覚えていた

その旅行社の売れ筋は韓国旅行らしい

大韓航空のパネルが壁一面に貼ってある

今度のハルピン行は妻の弟と客の男性だ

妻の弟は大人しい性格で

中国が合わないと言う

そして「柔和な日本」が大好きと

妻に話しているらしい。

「中国南方航空が金を払え」と言っている

と彼女が申しわけなさそうに言う

渡航は来月末なのに

通常4万の航空券代が8月初めは12万。

「やっぱり中国人は韓国と並んで最低民族」

と彼女に愚痴をもらす

「俺の親戚を除いて 妻と弟は最高だけど」

「奥さん 綺麗な人でしたね 〇〇〇さん」

彼女は妻の名を言った。

なんで覚えているの

「ヨーロッパは行った事があるんですか?」

「30年前行ったよ ボーイング722の

横6座席の鉛筆みたいな 飛行機だった

まだベルリンの壁があって

テンペルホッフ空港に着くとき

隣りドイツ人の若い娘と話したんだよ」

俺も青年だった。

その自慢話を彼女にした

そのオレンジのスカートはサック型で

一方が長いデザイナー物のようだった。

posted by 花蓮 at 09:37 | TrackBack(0) | 旅行

2014年04月29日

スービック基地

今日はたしか、昭和天皇の誕生日

空は晴天だが、庭だけを見ているとまるで

雪が降っているよう、

山櫻が散っているのだ。

この田舎に座っているだけだけで

小保方問題、朝鮮の船、南京デンマーク王女、

わたしに関係ない。

「パンドラの箱を開けて」というタイトルで

いろいろ書こうと思ったけど止めた。

こんなことに精力を使わないで

山櫻が散るのに 名残を惜しんだ方がよい

けさ納豆を食べたので、口が気持ち悪い

セブンで100円珈琲を買って来ようか。

一つだけ書かせて・・

アメリカがマニラの北、スービック基地をまた

借りるという。

これは快挙だ、 オバマの鳩山のようなピンずれ外交を

心配していたが、やっとドンぴしゃりだ。

チェリルとスービックまでドライブした事があった。

マニラ湾を孤を描いて北上すると

「死の行進」で知られた、バターン半島がある

その向こうがスービック湾だ、

南シナ海は目の前だ

ここの基地からを巡視できる

空母も寄港できる

色が真っ黒のチェリル

目だけがクリッと輝いていた

私も元気だった。

ふと会いたい気がする。 南国の太陽のもと

元気だろうか、

一緒に行った友人はもう逝ってしまった。

あの時は帰らない

posted by 花蓮 at 09:39 | TrackBack(0) | 旅行