2013年05月11日

ヘボ評論とは

スケベ親父と共にヘボ時事評論家の私のブログとしては

書きたい事件が次々起きる。

がしかし 文章を考えるが いまいちロケットが点火しない

1)最幅寺の坊主見込み違い。

「断腸の思い」だという

当たり前だ

45億の資金手当てをしないで競売に参加したのだ。

坊主もの知らずとはこのこと

写真を見る、肥満だ

食欲に負けたのだ

某教団の主、北の親子、

人物鑑定に肥満を見ると分かる。

2)また盗人集団が言った

「沖縄は中国の領土」 

金田一春彦さんの日本語説は間違っていた

原日本人である縄文人は紀元前90〜100世紀のあいだ

日本に住していた、そこに中国・朝鮮系の弥生人(天孫系)

が侵入してきたのが紀元前2〜3世紀、中国では春秋戦国時代だ。

圧倒的武器(鉄剣)と中国人天来の性格<嘘と騙し>で

身体は大きいけど、純朴な縄文人を駆逐した。

小学校の時ならった<熊襲征伐>

熊襲の宴に招待された日本武尊は女装して

騙し、宴たけなわの頃匕首を抜いて熊襲の首領を殺した。

小学生の頃は<悪い奴をやっつけた・万歳>と叫んだが

今縄文の民が駆逐された伝説と気が付いた。

アイヌ言葉に縄文の伝統が残る、

それが 沖縄の言葉に残っているのである。

近畿の中心部を分断して、東北、鹿児島、沖縄に

縄文人は駆逐された。

被征服民族・縄文人の子孫のとしては

天孫族の守り神・伊勢には行かない。

山本元帥ごめんなさい。

元帥の色紙「申大考」(神武東征の日本書紀の文言)

がある。

万世一系を信じて戦った方々申し訳りません。

今あらためていいますが

日本書記は中国文(漢文)なのです。

借用したのか、母国の文字を使ったのか。

コペルニクス的発想転換です。

<ちょんごれん・中国人>め分かったか!

共産党のいいぐさを 仮に採用すれば

チベットはどうなるの!!

最近 中国にすり寄っているアメちゃん

アメリカは「ネイティブ インデイアン」のものでしょう

ハワイは「カフナ民族」のものでしょ。

グァム島はだれのもの

posted by 花蓮 at 09:49 | TrackBack(0) | チャイナの旅

2013年03月28日

マイカーの時代

3558

<初めてMACで会った日・ハルピン>

妻ちゃんは、故郷の村から出てハルピンにいるらしい。

「昨日は買い物をするからハルピンに泊まったの」

へェ〜 何買うんだい

「車 買うのよ」

「・・・・・」

誰の車?」

お父さんが仕事に使うの」

私が任されたのよ」

「あなたと初めてあったMACの広場で

展示会やってるの」

フランスのカルフールスーパーがある広場だ

むかし二人がここで珈琲を飲んで、妻がトイレに立つと

向いの席にいた教授風の西洋人が

妻にメモを渡した。

そこにはメールアドが書いてあった。

毛唐は碌な事をしねえ」

「毛唐って何?」

「毛がもじゃもじゃ生えてる外人さ」

「きみ 連絡すれば」

してもいいの ば〜か」

実は妻は実家の大黒柱なのだ

たまたま私と結婚して、日本に来てしまったので

両親は不自由してるらい

跡取りの弟がいるのだが、

私が観察するところ どうも実力が足りない。

妻は弟が可愛くて可愛くてしょうがないようだ。

私が割り込む隙間もない。

私との時間が少なく、

まだ弟との時間は十分残されている

此処は黙って見ているか

夕方弟が村から出てきて、

新車を運転して帰るらしい。

昨日の晩は一家中で、車を撫でたり

試乗したり大変な騒ぎだろう。

中国もマイカーの時代に入ったのだ。

posted by 花蓮 at 16:51 | TrackBack(0) | チャイナの旅

2010年04月06日

瀋陽領事館

P1010039 <瀋陽日本領事館 私>

夜行寝台列車に揺られてうとうとしていると 朝5時に瀋陽に着きます。
あさの気温は零度近くではないかと思われます
あまりに早く着くのでもちろん領事館は開いていません、暗がりの中からおばさん
が現れて仮眠ベッドがあるから来いと言うのです。
のこのこ着いていくと”脱北者”が泊まると思われる汚いアパートに案内されます
開門まで3時間だから我慢してコートのまま横になります。
ゲートが開くと二重のチェックです。
あの脱北者が駆け込んだ門です 
日本人で衛兵にペコペコしている人がいます
帝国陸軍の末裔が自国の領事館に入るのに卑屈になるものかと胸を張ります。
こんな事を考えているなんて中国兵は夢にも思わないでしょう。
お客さんの手続きは40分くらいで終了、中国語で書いた独身証明をもらいます
大使館の言葉使いは丁寧です、ここは日本国だと思いました、
<あなた様は>などと言いいます、しかしガラスで遮断されインターホンではなし、
下に開いた小さい窓からやり取りします。
応対したのはどんなにうまくしゃべっても中国人とわかります。
帰りは裏門から厳重な警戒の外に出ると そこにはみんなが心配そうに待っていました。
日本領事館の真裏は北朝鮮領事館、隣りは米国領事館、その裏は韓国領事館
という具合に領事館の一群になっているのです。
無事終了してホッとしたので 米国領事館の向かいにあるケンタッキーで珈琲でものむか

posted by 花蓮 at 12:10 | TrackBack(0) | チャイナの旅