2018年08月20日

 旭日 日本

昨晩 中国女が訪ねてきた
一人暮らし独居老人 いつしか人がそう呼ぶ
わたしの周りにも人がいない
玄関ドアは24時間開けっ放し
チャイムを鳴らされても開けにいけないので
暗い中に女は立っていた
はて 誰だろう 〇〇です やっと思い出した
「大連」の女だ
一ヶ月まえ 姉妹二人で訪ねてきた
彼女の娘十八歳 170センチ美人
すしローのバイト面接で日本語ができないのに
即採用 あまりの美貌に店長がだまされた
だが彼女は不美人だった
日本に嫁に来るとき「心を見て」と
仲人に訴えて日本人夫に気にいられて
やってきた。
ところが来日してすぐ夫の癌が判明 余命半年の宣告
ここからがえらい 逃げ出すことなく
精一杯介護をしている
”満洲の話に関連”してくるのだがしばし中断
  ロスで大谷が13号打った
  甲子園では金足農業がスクイズ勝利
なにか気持ちの良い 話である 旭日が昇った
おどろおどろしい 韓国北鮮と一気に分離した
あの大谷のひざをつきそうなアップシング
あんなカッコウでホームランにできるのか
無限の能力の一端を見た
甲子園での吉田君
彼の袖の”秋田”が際立つ
近畿の桐蔭 関東の横浜
地の果て 農業高校 よくぞ勝てたものだ
二人とも この日本に昇った旭日だ
昨夜NHKで戦闘の島で米軍に奪われた
兵士の手紙 を放送していた
左派デレクターが反戦仕立てに作っているのだろう
と用心して見始めた
米軍は勝利におごることなく
硫黄島でもガダルカナルでも
死体をまさぐって私信・手帳などを
収集していた
おそるべきアングロサクソンの執念
戦争すべきではなかった
中共・北鮮もこすからいけど
アングロサクソン ユダヤの狡さには
負けるだろう
中共の倒れる時の砂ほこりは
物凄く 日本も少しはかぶる
今朝は明るい二題 旭日はのぼる。



posted by 花蓮 at 09:55| Comment(0) | 日記

2018年08月18日

 昭和四十年代 (7)

昭和45年正月 私は一つの株に目をつけた
それは保谷ガラスと言って無配だった
五十円の額面を割っていた。
私の客はこの若造を信じて金を預けてくれた数人
金を證券マンに預ける事は「まかされ」と言って
禁止されていた。過度の売買を防止する意味があった
生保の女は一千万近い金を私に任していた。
売買は私の自由
額面割れの 保谷 は60円になって居た
まだ上がりそうだが 私も手数料が欲しい
63円で売った
安株だけに株数を余計買えた
当然百万単位で利益が出た
彼女も欲も出て毎日店頭に来て
後ろの窓際の席に座っていた。
私もいっぱしの相場師のように颯爽と支店の
中を歩いていた。顧客のない新入社員は
午前中外交にでなければ怒られるのだ
ところが生保の女がいるので
私は担当者
カウンターの外の彼女の隣りに座って黒板を見るのは
立派な営業活動 わたしは他の客の株も含めて十万株
以上も買っていた。
男ヒステリーの営業代理も静かにしていた。
ある日わたしは女と外の喫茶店で待ち合わせた
百万以上も利益が出て居るので二人は気持ちが
大きくなっていた。
彼女は身の上話を始めていた
中学を出て上京 荒川区の電気部品の工場に勤めた
故郷は長野県小谷村 母が一人いる
「これは もしや結婚を夢見ているんじゃないか」
情にもろい私は防波堤には自信がない
学歴は無いが「知恵が抜群」の彼女は生きぬく
力が私の数倍
歩合外務員のトップになっているらしい
私の大嫌いな個別訪問なんて全く気にしない
彼女は三十歳 ちょっと目じりに皺が見える
いまは私の飯のタネ
大事にしなくちゃ
山一のくり子は焼き餅を焼き始めた
彼女は営業員全員の日報を記入しているので
私の0行進の日々から最近の手数料収入の上昇まで
みんな知っている
でも女だ 私の心の動きをみんな知っていた
「関係もっちゃだめよ」
 えッなんでわかるの あなたはわかり易いのよ
 彼女は短大卒の新入社員 二つ下
 女性たちは今年の新卒はどんな奴がくるか
 楽しみにしていたらしい
 生保の女に戻そう
 長野県小谷村は「お焼きのむら」だと
 彼女は言った
 おやきはコメが取れない地域の非常食 
 彼女の村の状態が推測できた。
 金には厳しい女らしい
 私にはそんなそぶりも見せない
 喫茶店レシートをサッとつかむ
「保谷は500円くらいまでいく
 もう二三回売買するよ」
女はうれしそうにうなずく
世の中はもう戦後じゃない
なんてはやし立てる
”保谷の遠近両用レンズ”なんてこれはトレンド
おれは牛ちゃん 相場師
なんて得意満面の時期
保谷はちょうちんもついて暴騰
年末には千円までいった
もちろん37円代の株なんて
だれも持っていない
あとは指をくわえて 昔ばなしばかり
彼女とは二子玉川の駅で会った
多摩川が見えるベッドだった
向う岸は川崎工場街
東京が外に発展しているころ
田舎者のふたりは身体をむさぼった
くり子の事が頭をかすめたが
若い精力は押しとどめようもない
四十五年も暮れた






























posted by 花蓮 at 07:46| Comment(0) | 日記

2018年08月17日

 昭和四十年代 (5)

私は四十四年の暑い夏の日 自由が丘の駅頭に立っていた。
はて山一の支店は何処だろう
まあ駅前に決まってる とタカをくくって歩きはじめた。
支店の営業部の面々に紹介 二階の事務代理に挨拶をすませた
すかさず一人の女の子に目をつけた。 目のくりっとした 子だ。
自由が丘は碑文谷、田園調布などの日本一高級住宅街をテリトリー
に抱えているが、新人社員は顧客はもちろんない。
営業代理は朝から顧客開拓に行って来いという。
一番苦手な個別訪問だ
支店からとぼとぼ出ると、足がなえている。
とりあえずコーヒーでも飲もう 朝からさぼりだ
ハヤバヤと辞めていった仲間を思い出す。
自由が丘とは山だったのだろう
渋谷方面の東横線は深い切通しになっている
その線路端が急な坂になっている。
その坂に御屋敷が並んでいる
表札を見ると〇〇 作家だ その妻も作家
今までは本のすぐ向側にいたのに
俺は招かれない押し売りみたいなもの
惨めさが込み上げてくる
業界一の野村證券 俺の力で逆転
そんな決意は早くも雲散霧消
眼下に走る電車 あれで上野 越後へ帰りたい
支店に帰ると 「新規客が来たわよ」くり子ちゃんが
顧客登録の無いまっさら客を俺の為に確保していて
くれていた。
百万を預けていったという
株式購入に当てれば回転して何回も手数料になる
ところが公社債投信という割り当てノルマがあった。
新入社員にもある
私はある日その顧客に初めて店頭であった。
生命保険のやり手の女だった
話して内にそのベテランが私に興味を持っているのが
わかった。 ところが俺はまだ童貞だった
この不器用さのしっぽをその女も掴んだに違いない
「わたし まだあと百万あるよ」
ホストがキャバ嬢を騙すような状態だったのだと思う。
営業代理が「おい あの女お前に惚れてるよ」と言った
のを覚えている。 何か小さい客を積み上げて
昭和四十五年の正月までもった。
生命保険の女は一千万まで持ってきて
私の一番の顧客になっていた
ついに何も無しでは済まなくなった
変に真面目な私は童貞は好きな女とやりたかった。
 (つづく)



posted by 花蓮 at 23:44| Comment(0) | 日記