2020年04月08日

 悲しい歌 (8)

世の中は武漢肺炎で忙しい
わたしの寝ぼけたようなブログを読んでる暇も
ないかもしれない。
財務省の騙しにひっかかるほど馬鹿じゃない
でもそれについてはもっとだれかが書いている。
やっぱり私は 悲しい歌について書こう
 西ベルリンは当時ソ連に囲まれた島のような
存在だった。
空路が唯一ソ連に邪魔されない通路だった
 彼女の故郷はオーストリアに近いハイデルベルグ
と言う町だった。
ツアーはいったん西ベルリンからオランダに行って
ボルスという酒造メーカーを見学してまた西ドイツ
のケルンに行く事になっていた。
私はもう彼女にほれていた
”あさってケルンで会わないか?”
”う〜ん じゃ わたし両親のハイデルベルグに
 帰るからあなたも来ない”
”じゃ 行くよ”
若者の話は簡単に決まる
彼女はハイデルベルグ大学の一年生
ちなみにそこは西ドイツ最古の大学という
ケルンからクルーズ船がライン川を登り
ハイデルベルグの近くまで行くのよ
あなたがオランダまで行ってる間に
クルーズ船の切符買っておくわ。
ホイ ホイ ヤッホー 俺はなんて運がいいんだ
小躍りした
ケルン大聖堂がラインの河畔にそびえている
船はその近くから出航した
これがあの有名なライン川か 途中の小高い丘の
には古城が次々と見えてくる
急な旅だったので古城の名前は調べて来なかった
いつでもまた来よう
でもこれが最後になってしまった
以来五十年機会が巡ってこない
ローレライの岩が見えてきた
ローレライの歌は聞いた事があったが
まさか来るとは思わなかった
https://www.youtube.com/watch?v=ypSs33TB5Uw
   (ローレライの歌 ドイツ語)

 〜




posted by 花蓮 at 22:47| Comment(0) | 日記
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