2020年03月29日

 悲しい歌  (7)

初めて欧州に行ったのは昭和43年だった。
当時は欧州旅行なんてまだ珍.しく
途中 アンカレッジで給油した。
欧州食品視察団という団体にもぐり込んで
貧乏人は私ひとり 
後はスーパーマーケットの社長ばかりだった
ところが小僧からたたきあげで社長になった人の
多く全く英語が話せなかった。
私は大学受験で赤尾のマメタン程度の記憶
があった。ので通訳した
当時は東西ドイツが分れていた
飛行機は西ドイツのテンペルホッフ空港に着いた
空港に屋根が付いているとさんざん言われて
いたので どうやって降りるのだろうと
田舎丸出しで窓に頭をくっつけていた。
なんのことはない
駐機スペースに大きなひさしが出ているだけ
あんまりみとれていたせいか となりの
ドイツ人の女性が話しかけてきた
もちろん英語
”日本人はみんな髪の毛が黒いの”
ちょっとからかう余裕もあった
”ドイツ人はみんな金髪なの”
もちろん茶色がいるのも知っていた
”ベルリンは何処行くの”
”いや別に予定ないよ”
明日の夕方から特に暇だ
あなたが時間があれば会わないか
いいよ
僕はルートインベルリンに泊まっている
僕学生でお金が無いから
安いところで食べよう
OK知ってる
ブランデンブルグ門から近い
ところにあるわ。
視察団の親爺におさらばして
ドイツを楽しむぞ
“菩提樹でも歌うか”
♪ ドイチュランド ドイチュランド
   ユーバーアレス〜 ♪

https://www.youtube.com/watch?v=J3VNUjDLUH0
  <ドイツ国歌へ飛ぶ> 旧国歌
 その夜彼女からドイツ国歌教わったのだ
 分断の悲しみ
 シェーネ フロイライン 美しきドイツの婦人よ

posted by 花蓮 at 19:04| Comment(0) | 日記
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