2019年12月28日

ビブリア古書堂 (追記) ビブリア古書堂 (追記) ビブリア古書堂(追記)

鎌倉に住んだ越後人がもう一人いる。長岡市の人。
戊辰戦争とき徳川に忠義を尽くし賊軍の汚名を
着せられ、山本家は牧野長岡藩の家老の家系。

鎌倉に住んだのは連合艦隊司令長官山本五十六である。
そこは朝比奈インターの山に源を発する「滑川」、
とはいっても鎌倉市内をちょちょろ流れる小川で
山本は海軍次官のときそのほとりりに土地を買って
家を建てた。
われわれ越後人は鎌倉に憧れをもっている
山本は横須賀線に乗って霞が関の海軍省に通ったのだろう
鎌倉の次は北鎌倉、左側にビブリア古書堂がみえる
栞子さんが店の前を掃いている。

(ビブリア 箱根駅伝追追追記)hosi  ★ 12月31日

越後の田舎者が湘南に住んで居た事があった
サーフショップが建ち並ぶ江の島
田圃しかない新潟から転居してきた
海風が強く吹いた翌日の朝
窓が開かない サッシの溝の砂が溜まっていたのだ。
〜♪砂交じりの茅ヶ崎 おれの家も近い〜〜
桑田の歌が聞こえてきた
田舎のくそじじいが湘南ボーイの仲間入りをした気がした
稲村ヶ崎の切通を江の島側に曲がったところに
メインというレストランがある
十年ほどまえそこのメニューに「まぐろのカマステーキ」という
のがあった。
ニ三年まえに寄ったがもうなかった
江の島が見える窓辺に座りそのステーキを食べ珈琲のむ
だれひとり友人もいない湘南の唯一の憩いの時間だった。
田圃しか見た事がない越後人の妻を見つけたら
鎌倉の大仏殿が貞観地震の津波で倒壊した話をしてあげよう・
中国人の妻は海を見た事が無かったので
稲村の岩場で波にキャッキャツと声をあげて喜んだ。
この国道を茅ヶ崎方面にはしると
横浜から来る国道1号にぶつかる
ここが箱根駅伝で逆転が起きる浜須賀交差点である

ここから先 松の坊砂林が続き烏帽子岩も見え
箱根駅伝の見せ場の一つ
〜 ♪ 走る走る 〜〜
希望の轍 の道である
モーテル アンデルセンの看板が松林の中に見えてくる
箱根駅伝もまだ結論が見えてこず 
面白い往路3、4区が続く
(ビブリアあと一回追記かきます)
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posted by 花蓮 at 10:12| Comment(0) | 日記
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