2019年04月30日

 平成最後のブログ

今朝NHKを見ていたら大きな平成年表があった。
その初めの部分に「山一證券倒産」とあった。
私がNHKの歴史にちょっとでも係わるところがあるとしたら
「山一倒産」である。
私は立教を昭和四十四年に卒業してそこに入社した。
そのころの本社はまだ「兜町」に有って株屋の雰囲気紛々。
なんだかそれが恥ずかしく電車に乗る時バッチを外した。
入社してあれよあれよという間に倒産した
B君は最後の沈没後も踏みとどまって同期の
身の振り方の世話をした。
今は一流の経済研究所にいる。
私は真っ先に逃げ出した”だらかん”である
それでも同期会にまだ呼んでくれる。
もっとも恥ずかしくて一度も出席していない。
平成の最後は田舎町のデイサービスで痴呆老人の
となりに座っておむつの尿漏れを心配している。
昨夜唯一の訪問者 中国人のK子が訪ねてきた。
いまはK子が俺の外部とのつながり
もっとも自ら好んで外部との連絡を絶ったので
とても快適
彼女が旧市街に小さな店を四月に開いた。
やはり中国人なので不動産屋、大工との交渉で
不自由する。
昨夜も高い請求が来たので相談にきた。
”ばかやろう、見積もりも取らないで発注するからだ”
エアコンのリモコンで足を叩いてやった。
痛みで分からせるやり方だ
もう怒って来ないかと思えば
百円プリンを土産に現れる
別れた妻の親友だ、 中国人は裏切るのが常だが
この二人は繋がっている。
千人に一人の珍しい関係だ
全ての関係を断った私だが最後に残ったのが
日本で身寄りのない”中国人”とわたし
  快適
デイのエリカ、リハのむつき、受付のソバージュ
ヘルパーのまお、中国人のK子こんなところが
令和に引き継ぐ女だ
   平成さようなら
posted by 花蓮 at 10:08| Comment(0) | 日記
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