2019年01月18日

 八重洲

東京駅の八重洲口を知らない人はいないだろう。
この八重洲について書こう
卒業の昭和四十四年私は今は倒産してしまった山一證券に入社した。
同期には早稲田のUK君がいた。
彼は同期の中で弾丸スタートをきった。
彼は新人赴任地として「八重洲支店」に行った
秋ころには私の田舎支店「浜松」にも「うわさ」は流れてきた
私が新規訪問に腐って航空自衛隊浜松基地の滑走路フェンスの際
を歩いていた。
ブルーインパルスが俺の芋虫の上の空を舞っていた。
丸の内の舗道、基地雑草だらけの道、これが八重洲の思い出
家康の時代イギリスの帆船が流れ着いた
乗っていたのはウイリアムアダムス 後の三浦按針。
その江戸屋敷があったのが八重洲(=日本橋・室町)
昭和五十年ころだった思う
八重洲には山一證券本店が兜町から移っていた
”ああ俺の会社も普通の会社の仲間入りかと思った・
八重洲にそびえる{山一」の文字
今は亡き妻も「山一社員」
早稲田のUK君は丸の内の上場会社の役員のUKという名前の人
を廻り{UK会)というのを組織した。
華々しいうわさがドサまで聞こえてきた
 (続)

posted by 花蓮 at 08:59| Comment(0) | 日記
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