2018年12月04日

 潜水空母があったのを知ってる?

ゼロ戦は誰でも知ってる
しかし潜水空母が終戦時三隻も有ったのを知ってる人は少ない。
かなり本格的な空母である。
ゼロ戦と同等な晴嵐という戦闘機を3機も積んでいた。
これを二十隻作る予定だったから戦闘機は60機になる。
60機でアメリカニューヨークを爆撃するつもりだった。
発案は山本五十六長官である。
潜水空母が完成した昭和二十年七月、もう遅かった。
マニラ近くのウルシ―環礁にはアメリカ機動部隊が集結。
そこに到達した潜水空母が特攻しようとすると
終戦の玉音放送、艦内では激論、艦長の決断は
呉へ帰投。
米軍に引き渡すくらいならと晴嵐戦闘機は海に捨てた。
東京湾沖五百キロ地点で米駆逐艦に発見 捕獲された。
終戦後九月の海ではこんな事件が起こっていたのである。
 (続く)

posted by 花蓮 at 09:04| Comment(0) | 日記
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