2018年11月30日

 安倍寛(2)

秋山よしふるのその後について
奉天の大会戦で大手柄を立てた好古は 
千葉県習志野騎馬連隊に帰還した。
大正に入ると騎馬はさすがに時代遅れになってきた。
それに代わって登場したのが戦車である。
従って騎馬連隊は戦車連隊へと代った。
秋山好古は越後高田連隊の師団長になっていた。
新潟市に彼が書いた石碑が残っている。
今のひとは「アキヤマ好古」なんて言ったって全く分らないだろう
彼は師団長退役後 故郷松山に帰って高校の校長を務めた。
明治は終わった。


posted by 花蓮 at 09:54| Comment(0) | 日記
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