2018年07月30日

 私が満洲、満洲ってどこ

晩年まで満州なんてしらなかった。世界中の地図を調べても満洲が載っていない。
どこ どこにあるの。 それは中国北部にかつてあったのだ。
中学の世界地図があるなら遼寧省、吉林省、黒竜江省。
の東北三省が満洲国の版図であった。
黒竜江省の向うはもうロシアだ。
関東軍というのが戦前あった。日本の関東ではない
万里の長城が東の海に落ちるところ、昔の中国の外の土地
関東、関の東、関東と言った。ここに日本は国を作った
それを満洲国。
歴史にIF(イフ)は無いと言う。 アメ公《アメリカの蔑称)が対日戦争を
しかけて来なければ、あるいは満洲国の利権の1/3でアメが手を打ってくれれば
満州の国は日本に莫大な発展をもたらしたと思う。
カリマンタンの石油より満洲である。
夜10時 中露国境の街「満洲里」(まんちゅり)へ夜行列車がハルピン駅から出る
昭和10年頃「満洲里」は人口5千、今は150万、ロシアとの内陸港ー交易の街
として発展している。内陸の事なので世界中の人は知らない。
もったいないと言ったのはこの事だ。
ノモンハン事変はこの近くだ、昭和の初めの日露軍事衝突は21世紀に脚光を浴びつつある。
わたしは5年前「満洲里」にいった。満洲里で中国の列車が終わる。そこから先はシベリア鉄道だ
一儲けをたくらむ中国商人でごったえしをしている。
ロシア人中国人、アメリカ人はいない。内陸で爆発する街
この発展の基は日本人が創った。私の中の若い血がさわいだ。
三十歳ならこの街に住んで一旗揚げたろう。
見渡す限りの平原、林立するビル。内陸の香港だ
posted by 花蓮 at 21:52| Comment(0) | 日記
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