2018年06月04日

野となれ 山となれ

今日は介護施設の風呂にいってきた。
ついでに足の運動もしてくる。ヘルパーの中でも老人の女が
私にくっついて困る。じゃけんに扱うのだが一向にこたえない。
女も男も年取るとゴミみたいなものである。
友人医者が言った・
老年の誕生日はちっともめでたくない・
たしかにそうだ ・ ある程度であの世に行くのがよい、
わたしは夜ふとんに入ると念仏をとなえる
”念彼観音力”(ねんぴかんのんりき)である
此の世で最短の念仏である
短くないと使えないからだ 坊主のように教本を持ち歩く
わけにはいかないからだ
わたしは若いときから何かこの世に特別
な方法があるのではないかと数百冊のその方面の本を買った。
今妻も死にひとりになった。これが俺の結末か、
世の中は急に百年人生などと言い出した。
70、80歳の貯金では足りないことが分ってきた
政府もあわてて年金計画の練り直しをしている。
老人が溢れるのだ
ゲゲゲの鬼太郎のようにこの世には{妖怪}が
ともに生きているのだ
その妖怪にかたりかける呪文が”念彼観音力”
では
ないだろうか
彼の空海大阿闍梨が言っておられる。
だから私は丁度いいときに死ぬ。
布団の中で”念彼観音力”と唱えるとふっと楽になるのだ。
後は野となれ山となれ しるか・・・・・
posted by 花蓮 at 20:16| Comment(0) | 日記
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