2017年02月26日

異国の土

六時半 電話が鳴った
昨夜母が危篤と聞いていたので、胸騒ぎがした。
九十歳の母が逝った。
予想はしていたが 悲しみが込み上げてきた。
もう正月雑煮を作ってくれる人もいない
三つ葉と餅と鶏肉と味噌、
この新潟にはない味だ
母は朝鮮の木浦の生まれ、戦前の占領軍の子孫だ
終戦で小さな漁船に乗って家財を全て港に残し
背嚢ひとつで
博多に引き揚げてきた。
終末期 認知症に犯された頭は「今晩 木浦に帰る」
と叫んでいた。
18歳の夏 木浦高等女学校の生徒 青春の一番楽しい
時期を木浦・朝鮮で過ごした
それに引き替え越後の陰鬱な冬は地獄だった
やっと新潟に慣れたのは六十過ぎたころ
我がままな母の不器用な人生
最後の救いは
自分の全ての愛情を注いだ孫が
病院で、スムジーを持参して延命させよう
と努力してくれたことだろう。
息子の私を越えて 孫が話しかけ
混濁した意識の中 安心した表情を昨夜残した。
 大往生だろう
 本日納棺
 朝鮮は異国となった
 越後の土となる
スムジーを毎日作って、病院で介護した事だろう
posted by 花蓮 at 06:46| Comment(0) | 日記
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