2016年11月30日

錯覚の終わり

 このブログを続けて読んでいる方はご存じ

と思いますが、良く登場した京大卒の行政書士A氏

との別れがきた。

こんな書き方をすると、恋人と別れたようだが

私にとって晩年のA氏との出会いは此の世の

最後の付き合いと思っている程、心に深く

残るものであった。

晩年に「青年期」がひょっと顔を出したような

ものである。

A氏と喋っていると高校時代のE君を思い出した

教室の後ろロッカーの所で、Eに尋ねた。

「君どこの中学?」

「浦川原中学」

わたしの全く知らない名前を言った」

とても綺麗な顔をしたE君は休み時間いつも

ポツンと一人だった。

私も新潟市内では、外れの中学で

入学者は10名もいなかった。

もちろん知り合いも居ない新学期。

「どこ目指してんの」

「京大」

彼との記憶はこの一言。

学区以外からきた田舎中学の

一番頭の良い奴だったのだろう

Aとの出会いは老境にして

急に活気を蘇えらさせた。

A氏との出会いは私にとって

天の慈雨のようであった

一方A氏は秘密の多い人だった。

つきあって一年位は彼に何も質問

しなかった。

頭の良い人特有の剃刀のようなもの

感じた

京大卒と付合うのは

この位のリスクは覚悟していた

「彼から盗らない」事を肝に銘じて

いた。

私のすべての客を彼に紹介した

個人的な相談者も全て紹介した

「彼は頭が良いから、私の好意を見抜く

と思っていた」

 

彼には作意は使わないと決めていた

昨日近年にしては、珍しく純情な上客が

きた。

わたしは自分より彼を喜ばせようと

早速報告した。

さて、それから事態は急転

私の妻の親友 近所の中國人主婦

が会社を設立するのに、当然A氏

を紹介した。

中国人主婦は

A氏を疑って「高い」と言った

わたしはこの時点まで100%A氏の

立場、

「そんなことは無いよ」

「友達だから大丈夫」

納得させた。

ところがA氏は京大卒と思えない

行動にでた、

主婦に「国際結婚」も会社の業務に

入れなさいと提案したのだ。

わたしは「定款」書き込むだけ

と解釈した、

ところが分らない主婦をあやつって

じぶんが国際結婚にのり出そうとして

いるのである。

「なぜこんな事を考えるのか不思議」

国際結婚は斜陽である

私は年金にシフトしている

カッコウの様に

人の巣を狙わなくても

この一年の京大卒との

”夢”

死ぬまでこの夢を見続けたかった。

今日は7年前に国際結婚したNさんが

実家の甘柿をもってきてくれる

 

 

posted by 花蓮 at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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