2014年05月31日

小野田少尉の歩兵銃と軍刀

Hiroo and shigeo onoda 1944.jpg

<小野田少尉と弟さん>

田母神さんが石原政党に加わるそうだ

久々の快挙だ

ソーダ水のように爽やかだ

小野田少尉と田母神さんの対談のYOUTUBEを見た

小野田少尉は軍命で、ジャングルで戦った

命は保証するから出てきて下さい>というビラは

全く無視したという。

命を捨てて掛かっているのに、戦後の我々は

命は地球より重いなどと言っていたのである。

(それがいとも簡単に殺す・これはどういう教育だ)

離島残置諜者が彼等の命令内容・任務だった。

マニラから撤退(全滅)して行った帝国陸軍

それが再び上陸して来る時の為の受け入れ準備

が小野田さんの任務だった。

軍隊は命令系統がある

直属の上司の命に従う

だから (名前忘れた)少佐が現地に行き

命令を解除した。

訳分らない厚生省の呼びかけはお門違いだ

小野田さん小塚上等兵の銃と2丁持っていた

軍刀と銃1丁は現地フィリピン軍司令官に

差し出した。(降伏したから)

帰国して 戦前の常識をすっかり忘れていた日本国民は

銃は厚生省に返せと言ったそうだ。

小野田さんは自分のものだと思っていた

(入手経路は正規では無かった・奪取品か)

田中首相はポケットマネーを百万出した

小野田さんは 命を捨てて 戦っていた

もう一人穴から出て来た横井さんとは全然違う

死を覚悟してゲリラ戦を遂行していたのだ

それが金まみれの首相、厚生省のポンチども

に唖然としたそうだ

百万と銃は<靖国神社>に奉納した。

金の為ではない 軍人は命令だ

その小野田さんも冥界に行かれた

残った田母神さんが、

夕日・隔日新聞の

敵国新聞のような攻撃に耐えて

石原丸と船出するのだ。

御無事を心からお祈り致します。

私たちは「天声人語」などという

下らない妄言を受験勉強(S40年代)

で読まさせられて

別種の人間になるところだった。

お〜危な

今 「紫電改物語」のYOU TUBEを見終わった

昭和20年 千馬力を越える重戦闘機が開発された

その物語を見て、声を出して泣いた

だれもいない部屋

わ〜わ〜泣いた

戦争関係 涙なしには見れない。

上級はダメだったけど 下士官は偉かった

あなた達は立派でした。

posted by 花蓮 at 08:20 | TrackBack(0) | 考えること
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