2013年07月30日

短編 鎌倉狐の夢 第1章 湘南モノレール 朝比奈澄夫

B63_051

<油壺湾と三浦荒次郎の城跡>

これには深い深い 伏線があったのです。

戦国時代の初め頃 三浦半島には鎌倉時代

北条に滅ぼされた幕府の有力武将三浦氏の庶流がいたのです。

その名は三浦荒次郎道寸といい 油壺湾の岬の城跡 東大海洋研究所に

後世の人が建てた墓があります。

時はずっと下って荒次郎がまたまた小田原北条氏に攻められて

三年籠城して遂に落城討ち死にしたのです。

北条と三浦氏三百年の因縁といいましょうか

鎌倉狐はその時 見ていました。

荒次郎が最後の矢を射て、弓を打ち捨て敵の武者の中に

飛び込んで行く最後を見ていました。

数人を切り伏せましたが、多勢に無勢 後ろから長槍を受けて

振り向き「せんだん巻」を切り落とす間に 前から腹を刺されて

力尽き倒れ込むところを首に脇差で致命傷の頸動脈を切られました。

見事な武将の最後と言えるでしょう。

三浦荒次郎には美しい妻がいたのです。

鎌倉大江氏(大江ひろもとの血族)の一人娘

小桜姫と言い落城の時油壺の対岸の諸磯に逃げ

そこで1年後はかなく命が絶えました。

その地には今パワースポットで有名な諸磯神社(小桜姫神社)が

里人によって建てられているのです。

小桜姫は北条に攻められる一年前、愛馬「鈴懸」に乗って

従者二人と腰元を連れて江の島弁財天に参拝し

七里ヶ浜の海岸では貝を拾い楽しい日を過ごした。

帰りは腰越で左に曲がり、秀雄が通った里道を

行き「手広」に出て、今の鎌倉市役所の「御成り」の

実家の大江家で一泊したのです

帰り道 馬を繋いで休憩したのがロイヤルホストの場所でした

谷が開けて昔から一服したい気持ちにさせる場所で

今のロイヤルホストは絶好の地点に店を作ったものです。

ニッと笑った狐は三浦まで足をのばして

よく散歩に来ていました。

秀雄と和子には目に見えない<霊的血統>があったのです

鎌倉という地に「過去」「現在」「未来」を編んでいる見えない

けど織物があったとしたら、そしてそれを意識できるわずかな人

がいるとしたら面白い事になるだろう。

同じ七里ヶ浜高校で会い、セミナーで偶然ペアーになったので

しょうか。

ロイヤルホストの夜は更けて

秀雄は和子の美しい鼻に見とれていた

「何見てるの!

和子の鼻が美しいと思ってさ」

和子は美しいギリシャ鼻を押さえてつぶす仕草をする

あ〜 だめだめ つぶさないで 戻らくなったらどうするの

秀雄は本気ともつかない強い調子で言うのだった

和子は秀雄の言い方が嬉しかった。

ドリントル玲奈の鼻に似ている

そんな鼻が戦国時代にあったろうか

そして平成の鎌倉に 

また中国のハルピンに生まれた

漢人の玲玲(リンリン)の鼻に

朝比奈澄夫は何故だか知らない。

posted by 花蓮 at 09:19 | TrackBack(0) | 考えること
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