2020年04月29日

 悲しい歌 (13) 鎌倉物語


〜♪ 鎌倉よ なぜ 虹を遠ざける〜
〜日景茶屋 では 声をひそめてた♫
むかしむかし 鎌倉に住んでたことがあった
田舎者が由比ヶ浜から材木座を抜けて
逗子へ出た
ひょっと海側を見ると{日影茶屋}の看板が飛び込んで来た
上京するまえにサザンのCDをさんざん聞いて来たので
{日影茶屋}の意味は知っていた。
原由子の鎌倉物語である
新潟の田舎で聞いた時は浜茶屋みたいなチャチナな物を
想像していた。
ところが立派な料亭である
〜日影茶屋では声をひそめてた〜♪
この歌詞の意味がやっと分かった
浜茶屋みたいな雑然としたところでなく
高級料亭である、これでは声をひそめねばなるまい
死ぬ前に鎌倉へ行く事があったら
娘のような妻と声をひそめて語りあいたい。

https://www.youtube.com/watch?v=fBSIpt2VvHM
 原由子 鎌倉物語 ↑
posted by 花蓮 at 18:11| Comment(0) | 日記

2020年04月25日

 悲しい歌 上海ジャズバー

https://www.youtube.com/watch?v=QloePtb22co
    和平飯店ジャズバー 雰囲気見てね ↑
後で考えるとあの時が人生で一番ピークかなと思う
見合いの彼女が向うから歩いてくる
広い大理石のフロアー
カツ カツ カツ 靴音
上海バスキングのような光景だ
昨日まで越後に居た田舎者が
いや二十歳の頃 ブランデンブルグ門に立ってたんだ
ドイツ分断の塀を見た俺だ
いま 
三食団子のようなバストもウエストも無い
ヘルパーにも相手にされない俺
大理石のフロアーでは
古関裕而のスポーツ行進曲は鳴らなかった
まだ選り好みをしていたのだ
失敗瞬間 人生の
昨晩チューブの「和平飯店第九集」を観た
戦前の日本憲兵隊と国民党軍の女の戦いが
和平飯店で繰り広げられる
全編中国語で想像力で見終わった
俺の人生 まあ〜好き放題やったかな
バチが当たって今朝は三日経った食パンを
お湯を掛けて食った
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上海女の代り ウオ― 愛 にー



posted by 花蓮 at 08:06| Comment(0) | 日記

2020年04月19日

 悲しい歌(11)特2 最終回 和平飯店

〜♪ 窓は夜露に濡れて 都すでに遠のく
小林旭の北帰行である
国民の大多数は北海道に行く夜汽車だと思っている
私も最近までそう思っていた
ところがこれが大間違いだったのだ。
これは朝鮮半島を釜山から平壌に行く北行き
列車の歌だった
当時日本領土だった遼東半島の旅順高等学校へ
戻る帰省帰りの高校生の悲しい気持ちを詠ったものだった
旅順と言えば日露戦争で203高地を争い一万五千人の日本
兵が命を失った場所
日露戦争後旅順高等学校が出来ていたとは知らなかったが校舎の
周りに植えた桜が今も旅順湾をみおろしている。
本題の和平飯店に戻ろう
英語名 ピースホテル 戦前から上海で一番豪華なホテル
ここのジャズバーは映画の舞台にもなっている
そこのカウンターで越後の田舎者が女を待った
新潟で上海の一流ホテルに勤めていた中国人研修生と知り合い
になった
彼が高校の教師をしている時の後輩の女教師と見合いしないかと
言ってきた
不鮮明な写真だったが根がスケベな私は上海に行く気になった。
夜になるとジャズ演奏が始まるらしい
  (続)

posted by 花蓮 at 09:46| Comment(0) | 日記