2019年10月12日

 碓氷から霧積へ行く道で谷底に落とした麦藁帽子(西条八十)

西条八十 詩「麦藁帽子」十数年」前CMで流れた文句
なんだか今頃思いだされる。
今は便利だ ネットですぐ調べられる。
人間の証明で霧積温泉に行く途中で碓氷峠で落とした
麦藁帽子。
そのCMで言った文句 碓氷から霧積へ行く途中
谷底へ落とした麦藁帽子・・・軽井沢と共に思い出される
この西条八十の詩句。
この夏また霧積温泉に行きそびれた。
今の観光ルートからはずれてしまった霧積 
posted by 花蓮 at 12:01| Comment(0) | 日記

2019年10月06日

 いとしの信州愛しの浅間 されど悲し

信州軽井沢に行くと後方の空には白煙を上げる浅間山が見える。
たいていの人は南から眺める。
ああ 軽井沢に来たと何かホッとする。
昨日NHKの「ぶらタモリ」をラグビーも見ずに見ていた。
そしたら「天明の浅間噴火」を特集していた。
天明の大噴火は東北地方に天候不良をもたらし
大凶作となった。
鬼押し出しはその跡である。
北側にその痕跡が多い、伊香保側から眺める浅間だ。
軽井沢から我がふるさと新潟に帰るときいつも暗い気持ちになる
のは死者のたたりかもしれない。
ついでにバカ民主党の仕分けでもめた「やん場ダム」も
渋川に抜ける道筋にある。
軽井沢ー横川ー高崎ルートが遠廻りだけれども
精神衛生には良い。
タモリを見ていたら火砕流で村ごと生き埋めに
なった現場が映った。
高台にあった鎮守の石段五十のうち
三十五くらいまで埋まった神社がでてきた
村人五百人のうち十五人だけが階段を昇り切って
助かったのである。
みな北側の話である。
南は小諸あり、上田あり、清里あり、パラダイスである。
”浅間はいとし、されど悲し”なのだ
 堀辰夫が住んだ追分 風たちぬ 美し村を書いた
そして最後をむかえた地 追分軽井沢

最晩年は宝くじを当てて「信濃追分の別荘にから浅間を見て
暮らすぞ〜」

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posted by 花蓮 at 16:56| Comment(0) | 日記