2017年10月05日

もうひとつの ねんきん もうひとつのねんきん

妻の親友の中国人主婦が相談してきた
「わたし老後が心配なの」
主婦のだんなは定年退職を迎えた。
年金は少ない、 これでは老後は暮らせない
彼女は最晩年を中国か日本か迷っていた
だれもいなくなるのは中国でも同じ
彼女は独居老人になる
いま彼女は年収500万くらいある
「お金のあるうちにもう一つ年金かけておきな」
わたしはすすめた
医療とケアの進んだ日本に住めよ」
「うんそうする」
「おれはかんぽ生命が良いとおもうよ」
「明日郵便局に行って聞いて来いよ」
彼女も心配だったらしく 早速パンフをもらってきた
わたしはよむのが面倒だったので
一面にあったプランをすすめた
どうせかれら官僚が練った計画だ 素直に信用すれば良い
主婦はうれしそうに帰っていった
身よりもない日本で90歳になって幸せな最後を迎えるとよい
posted by 花蓮 at 01:34| Comment(0) | 日記

2017年10月04日

祇園小唄とロシア

〜月はおぼろに東山 かすむ夜ごとのかがり火に〜〜
祇園恋しや  だらりの帯よ

はらしょ はらしょ はらしょの ロンロン〜〜

皆さんご存知の祇園小唄である
もうひとつは新潟花街のロシア小唄
幕末にロシア船が来た時の はらしょはロシア語

祇園小唄もそんなに古くはない
作詞 作曲もはっきりしたレコードが出て居る
幕末頃の唄かなとおもったら新しい
新潟小唄も新しいのではないか
しかしそれも芸者遊びをする商人の没落とともに
郊外の産業廃棄物業者が金を持ちギャバレー遊びを
するようになって芸者は絶えた。
最近チュウブで舞子を見て
祇園小唄をおぼえた。
ネットで調べると作詞作曲者もあって
そんなに古くないのである
江戸時代の小唄は西陣の機屋と共に
滅びたのだろう
舞子もすべて 地方の中学生の希望者だ
祇園の置屋に住み 京おんなになる
客筋もIT関係かもしれない
新潟で一番可愛い舞子が一本立ちした
京都に出しても一番になるだろう 新潟美人である
彼女の「はらしょのロンロン踊り」を見たことがある。
新潟にもかすかに芸者の伝統が残っている
posted by 花蓮 at 10:22| Comment(0) | 日記

2017年10月03日

葛湯の思い出 葛湯の思い出

けさふと葛湯が食べたくなった。
病気になると母が作ってくれた
白い葛粉が母が掻き混ぜるうちに突然透明になる。
これが母の魔法のようで不思議だった。
けさはもうだれも葛湯を作ってくれる人もいない。
母は今年の二月に逝った
九十五の父はこん睡状態で病院に入った
葛湯ではなくて点滴で命をながらえている、
病人には葛湯なんてだれもいわない
時代が変わったのだ
私の最後は葛湯が食べたい
posted by 花蓮 at 06:31| Comment(0) | 日記