2016年09月20日

連休の終わりの訪問者

昨日 近所の中國人主婦が遊びに来た。

お土産にノンシュガー飴玉を持って

昨日は連休とあって、マッサージの店は

大繁盛。

息抜きに来たらしい。

日本人主人はどこやら福島県の飛行機練習場に

遊びに行ってるらしい。

「寂しい ひとりかよ」

「いいの お金もって来ないもの」

女房をくわせられないのは 離婚の第一歩

日本人女性のように パートに出て家計を

支えるなんてことはしない。

国際結婚の条件は「扶養能力」です

最近は国際結婚の顧客にあきらめている

精神病か扶養能力欠如です

彼女のパワフルな店の計画を聞いた

ひとしきり喋ると帰って寝るという

夜の客に備えるのだそうだ。

身体は疲れ切っている

どうしてやることもできない

「がんばれよ」

わたしにできる 精一杯の応援。

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2016年09月18日

薩摩武士のDNA

昨日の夜 次男夫婦が生まれた孫の顔を

見せに来た。

孫の頭は長頭型 理科系だ

10年前の冬

私は中国・大連に居た

日本人専用倶楽部に飲みに行った

そこで隣に付いた王ちゃんと

翌朝「旅順港」までドライブすることになった。

日露の大戦跡・二0三高地があるところである。

「さかのうえの雲」を読むと

乃木大将の作戦参謀のAの名前が

出て来る

日本軍は150ミリ野砲が最大である

ところがその前年ロシア軍は旅順要塞

天井のコンクリートの厚みを150ミリ砲弾

では破壊できないように補強していた。

薩摩出身の参謀はふもとから

じしんまんまんで 砲撃した

そして日本軍の突撃

全く無傷のロシア軍の一斉射撃で

乃木軍は全滅に近い被害

この責任者が薩摩出身のA

馬鹿参謀で登場する

余りに変った名前なので記憶していた

数年前  息子の婚約者の名前を

聞いて驚いた。

「あなたのお父さん鹿児島じゃない?」

「そうです」

あの不名誉な作戦参謀だった

昨夜 孫の鼻を見るとハの字に

小鼻が開いている

我が家の親族にだれもいない

 薩摩のAを思った

Aさんよ 

いまこの世で明治の日露戦争の事を

思い出しているものは

だれもいない

鹿児島の墓の下で ニヤリ・

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2016年09月17日

やっと目覚めた

病院本来の治療は終えた。

ところが「寝てろ」「ねてろ」というので

もともとものぐさ太郎の私は

足が動かなくなるー廃用性症候群に

なった。

息子がくるたびに百円の運動具を買って来て

口うるさく言った、あまりうるさいので口論になった。

もう数か月になる。

ついに腰に激痛が走り、どうにもならなくなった。

整形外科に行けば「運動をしろという」

ついに治療方法が無くなってしまったのだ

感じた。

あまりの激痛に20年かよっている

マッサージ師さんに来てもらった

「もう筋肉がないよ、もみほぐせない」

「足に筋肉が無くなると、また肺に水が溜まるよ」

この言葉は衝撃だった

息子に何百回いわれても、

俺の頭が反応した

「縁遠い人から 去っていきはじめる」

それは感じていた

「最後が案外早く来た」

このまま人生止めるか

まだ生きようとするか

決断の時が 早くきたのである

警報が鳴った

それからスクワットをベッドのてすりにつかまって

一日30回始めた

三日目 

やがてあの激痛が止まったのだ

ヘルパーのかめ子ちゃんに報告しなきゃ

薬と水を俺のベッドまで持ってきてくれる

「ちょっと 気があるのかな」

勘違いがよくある

まだ時間はある、たしかめなくては。

 

 

posted by 花蓮 at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記