2015年05月29日

胡桃の効能とエロサイト

スーパーで<胡桃>を買って来た

京大医学部卒の司法書士の彼が我が家にやってきた

私には無い理系の頭脳

おまけに弁護士資格もあるという。

いろんな事情は割愛して。

私がエロサイトを見ていて

クリックしたら突然請求画面が広がりどうしても

消えないのだ。

PC操作の苦手な私は、PC修理の業者に頼もうと

思ったのだが、以前頼んだら六千円請求された

自分のミスだが如何にももったいない

女の局部は一ヶ月もすると見たくなる

生殖意欲は生きてる証しか

そんな事で彼に出張を願った

「エロサイトの画面を消して!」

<彼はなんでも出来る>

医学から法律、PCまで

私のスマホのアイコンの導入は全部彼にやってもらった。

私は自分でも優秀だと自惚れていたが

彼には全面降伏だ

その彼が<胡桃の効能>を語った

今 脳卒中と糖尿の薬を山ほど飲んでいるが

症状を抑えるだけで 根本解決にはなっていない

「薬を飲まなかったら もう責任は取れないから

他所の医者に行け」

と言われた。

血圧を抑える、血栓を溶かす、・・

この効能を医者は信じてる

これじゃ 死ぬまで”薬に繋がれた犬”のようなもの。

「納豆3パックをどんぶりに入れて卵と混ぜて食べてますよ」

彼は言った

閃いた私は スーパーに行って 納豆パック 山芋 メカブ

などを買ってきた

妻も食べたいという

あまり料理が得意じゃない妻はこれで喜んでいる

胡桃の効能をネットで確認する

血液さらさら、血圧を下げるなどの効能があるという

今飲んでいる薬と同じだ

もしこれで死んでも あまりこの世に未練はない

 

今呼吸の不思議に憑りつかれている

生きとし 生けるもの 呼吸を5分止めたら死ぬ

”呼吸とは何だろ”

此の世の秘密のしっぽを掴んだのだろうか

何かあるぞ

 

世の中は今 暑い 暑いと言っている

ところが 私は今年暑くない

彼曰く 「代謝が落ちているんですよ」

局部に頭を突っ込まなければ 代謝が上がらない

脳卒中を患ってから ガスが抜けたようなのである

去年「鎌倉物語」を書いている時は 燃えた

それも落選して 燃え尽きた

胡桃を一日一個食べて 代謝を上げようか

 

posted by 花蓮 at 08:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年05月27日

村松歩兵第三十連隊と楊貴妃

<村松城の中にある 郷土資料館>

   <村松の楊貴妃>

けさ五時窓を開けると 甘い匂いが入ってきた

この匂いは朝だけ、九時頃には霧消する

 

新潟のローカルニュースを見ていたら

村松歩兵第三十連隊の跡をある老人が訪ねていた

村松町の連隊は終戦間際 通信部隊に代っていた

ここに16歳、17歳の少年が入隊して

19年戦況暗く 繰り上げ卒業して230人が

フィリピンに送られた。

途中バシー海峡で魚雷攻撃を受け輸送船が沈没

少年達は海の藻屑となった。

生き残りの老人が村松町を訪れたのである

 

村松町は新潟市の北、

出羽山脈にぶち当たる東西数キロの

胃袋の様な盆地である。

後ろは太平洋側まで町は無く

本当のドン詰まりなのだ

幹線国道も鉄道も無い

だから衰退は激しい

此処は江戸時代 譜代大名の城下町なのだ

村松藩 堀家三万石

城と言っても陣屋みたいなものがあった

その跡が歩兵第三十連隊

今は郷土資料館になっている

前置きが長くなったが

来週村松町にカツ丼を食べに行こうという事になった

村松は桜の名所で

今年桜まつりの広告が地元紙に載っていた

そこに中国名らしき食堂があった

私の高校時代の初恋の名だ

彼女はこの町から越境入学してきていた中国系超美人

そして当時あった旺文社全国模試で2番に

なったのだ。

偏差値の違いに ”おら田舎の高校生”は気おくれしたのだ

淺田次郎の「霞町物語」とは あまりに違うオイラは田舎者。

とにかく 彼女の実家らしき食堂で

カツ丼を食べるのだ

第三十連隊の煉瓦の門柱だけ残っている

村松藩の江戸藩邸は江戸城から上野寛永寺に

向かう「御成り道」(今の外堀通)にあった。

 吹けば飛ぶような小藩だったが
 将軍が「御成り道」を通る時は警護の役だった。
 
村松藩の武士二名が赤穂浪士の討ち入りに加わって
明け方までいたが、引揚の時 赤穂の名誉の為
姿を消した。
村松藩の資料にある実話
 
 新潟の忘れ去られた町にもささやかな歴史があった。
 
五十年前 楊貴妃のような人が住んだ町 村松
あの柳も彼女が触れたかも知れない
 
 
 一昨日 ブックオフで100円の村上兵衛の「桜と剣」
 を見つけた。
 彼の父が肺結核に掛かって 東京の参謀本部から
 島根県の浜田という町にあった陸軍病院に移った
 その本に当時の歌が載っていた
 
 〜浜田か鯖江か村松か
 飛ばされそうで気にかかる〜
 
 この明治の軍歌にある村松とは
 村松歩兵第三十連隊のことだ
 新潟平野のどん詰まり
 村松町は明治の兵隊にも嫌われたのが分る
 
 来週 初恋と通信隊の少年兵の慰霊と
 村松藩の遺跡見学を兼ねて行ってくる。
 とぼりそうな オジサンのささやか小旅行
 
 藩も連隊も楊貴妃も流れる記憶のかなたへ
 
 
 

 

 

 

 

posted by 花蓮 at 06:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年05月25日

希望の轍 若かったサザン

   <江の島>

久しぶりにすき家に入ると

店内にCMテープが流れていた

”すき家の鰻は中国の福建省で育てられています”

出荷まで11回も検査しています”

私の様な中国専門家の間では

福建省は鬼門なのだ

福建省出身者の犯罪率は極めて高く

花嫁がいるとしたら、入管審査は通らない

CMを聞きながら <11回検査?>

腹で笑ってしまった。

小笠原のサンゴ泥棒は 福建省人だ

おっと

今日の話題はこれではない

CMテープの最後に 「サザンの希望の轍」が

流れるのだ。

 

十年ほど前 江の島水族館の裏あたりの

南風の強い翌日はサッシのレールが

砂で埋まるマンションに住んでいた

 

♪〜 砂交じりの茅ヶ崎 俺の家も近い〜♪

サザンの歌の通りだと思った

事務所に行くのに 希望のわだち を毎日聞いて行った

いかに湘南といえども 商売は厳しかった

自分を奮い立たせる歌だった

 

〜♪ 遠く 遠く 離れ行く 烏帽子ライン

   舞い上がる蜃気楼〜〜♪

牛丼を食べながら

懐かしい湘南が蘇ってきた

  

サザンが20年振りに 新潟に来る

高校生だった長男は中学生になった孫を

連れてコンサートのチケットを買った

おじいから孫までサザン一家なのだ

 

 

 

 

 

posted by 花蓮 at 08:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記