2014年12月31日

三十一日のブログ


 <湘南の海>スラムダンクの踏切

俺も人気ブロガー

皆 世の中の人は休みで暇らしい

昨日は千名くらいの方が見に来た。

今日は張り切って二回に分けていっぱい書こう

<あなた(このブログを読んでる人)どうせ暇ナンでしょ>

今日は母が伝統の雑煮を作る

だからスーパーに行って、餅、三つ葉、鶏肉、あんこ

を買って来なくちゃ

中國の妻も 三つ葉餅雑煮を美味しいと

言って母に作り方を習った。

でもひと味違う

「わ〜〜おんなじだ 美味しいよ〜」

と言って誉めてやる」

この正月 毎日せっせと妻は作る

我が家は「あんこ」と二タイプある

茹でた熱い餅に冷たい餡を掛ける

小学校の頃は

アズキから作っていたので

よく盗み食いをした

砂糖の入っていない未完成餡もあった。

次の正月はもう母が居ないだろう

時代が終わったのだ//

<第二部 箱根駅伝・ 鎌倉編は午後から

書きますよ>・・・・・・・

 ♪ ♪ 〜砂交じりの茅ヶ崎 俺の家も近い ♪♪〜〜

サザンの歌が聞こえて来るぜ!

餅 買に行ってきます。

 

 ja(じゃ)

jan(じゃん)

午後の部再開です

場所は”ひとっとび”

鎌倉です

実は昨夜「ビブリア古書堂の事件簿<6>

をアマゾンで650円で買って読んでいた

昨日の午前、精神病歴のある結婚客が

<離婚する>と電話してきて、

「あんたの〇〇〇〇を 俺が向きを変えて

やるわけにはいかないんだ」と言ってやった。

一時間も電話を止めないのですっかり調子が狂って

しまった。

それで夜は鎌倉の物語を読んで心を整えた。

ビブリア古書堂は勿論架空の書店で

北鎌倉の円覚寺前の小路にある。

その場所は今は県道、JR横須賀線が

通っているが

鎌倉時代は荷車一台が通れるだけの

広さで巨袋呂(こぶくろ)の切通しと言う

鎌倉七つの切通しの一つがあった。

鎌倉幕府が滅亡する時は

ここで四日間の激しい攻防があった。

新田義貞軍が海の稲村ヶ崎の海岸を

廻って後ろから攻め寄せたので

幕府軍は壊滅した。

こんな故事が思い出される<ビブリア古書堂>の

舞台設定だ。

小説の中で勿論鎌倉が出て来る

太宰が東京帝国大学時代 

鎌倉海岸で

心中したと書いてある。

太宰には興味がないので調べた訳ではない

その場所は江ノ電が海岸を走り

やがて海を離れて商店街方向に曲がっていく所

小動岬(こゆるぎみさき)と言う

大きな岩のある場所だ。

腰越の駅がある

義経の<腰越状>で有名である

私が鎌倉に店を作った時

住んだのが五分くらい走った鵠沼海岸だ

毎年正月2日 箱根駅伝が海岸通りを

茅ヶ崎方面にまた5分走ると、内陸からくる

1国が海岸に出る浜須賀の三叉路を走る

三区 海沿いの松林の道だ

例年 ヘリコブターが上空から烏帽子岩を写す。

サザンの「希望の轍」の道だ

駅伝もまだ勝敗の見えない希望の道程

三区が好きだ

鎌倉に住んでいたので

新潟県人の俺が陰鬱な越後を離れて

家族中で鶴岡八幡に初詣に行った事がある。

陽光さんさん

人生の花だったかな

上杉謙信が鎌倉鶴岡八幡の前で

{馬ぞろえ}の儀式をやった

小田原攻めの秋だ

これが最後だった

越後人が関東に出てきたのは

あッ そうだ

越後長岡出身の山本五十六元帥も

鎌倉材木座町に住んだのだ

彼が亡くなる前の数年間

鎌倉の街を流れる滑川沿いだった

彼は非番の時、息子の義正と連れ立って

由比が浜の海岸によく散歩に行った

沖には横須賀を出港した戦艦 長門の

雄姿があった。(材木座に住んだのは

史実ですが、後は想像です)

明日は元旦ですが

みなさん良いお年になるよう祈ります。

<妻の御得意のポーズ>

   <妻の御得意のポーズ>拡大して

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by 花蓮 at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年12月30日

年も詰まって

三十日、車でかけると世の中は忙しそう

隣り家族の会話を聞いていると

「帰ってから 掃除しよう」

「パパ おせち弁当買わないの」

我が家も孫がお年玉をもらいに来るから

袋を買って来なくちゃ

年末は思いつく事が多い

みなさんは良い年でしたか

昨日の午後<非通知>で電話

こんな電話はロクなものはない

運転中  滑りやすい携帯を床に落とす

まだ鳴っている

よっぽど用事があるんだな

「もしもし」

「結婚相談所ですか」

「そうです」

「これから行ってもいいですか」

「ハイ どうぞ」

今朝 発信者を名乗らぬ質問のメールが来た

新潟県にお見合い女性居ますか?

どうして 行動力がないんだろう

日本語喋れて、日本に在住している30代

こんな都合いい女性が居ると思っているんだろうか

<ところが居たのである>

2週間前のブログ

瓜実顔、

実は手放すのがもったいなく

ヒヒオヤジには黙っていたのだ。

非通知男は10分後に尋ねてきた

<案外普通じゃないか>

経歴を隠していたが

「取って食おうと言う訳じゃないので

言いなさいよ」

彼は名刺を出した

某有名住宅メーカーの所長、一級建築士、

年収一千万、奥さんと離婚、ローン無し

自宅自己所有、

立派な経歴だ。

「何で非通知なんて?」

「国内結婚相談所で詐欺みたい電話が・・・」

<もし電話が掛かってきたら、てめえ 失せろ。

と怒鳴ってやればいいんですよ>

年末 残り物には福がある

「私が今年最気に入った、美人に逢いましょう」

「では お願いします」

 

 

posted by 花蓮 at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年12月27日

さてどうしよう

今年最後の土曜日

年始は病院かと覚悟していたので

儲かった気分

昨晩は萬を持して(これは絶対はずれないと言う意味)

淺田次郎の本を二冊出して読み始める。

posted by 花蓮 at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記