2014年01月03日

遊行寺の坂を駆け抜ける

今朝ドアをノックする音

ドアを開けるとクロネコだ

アマソンの小包の中から

船戸与一の「南冥の雫」「雷の波濤」 

満州国演義 7、8が出て来た。

訂正です

昨日ブログに極楽寺と書いてしまいました。

遊行寺が正しいのです。

駅伝は134号線 海沿いサザンの「希望の轍」の道を

浜須賀の交差点で山側の「遊行寺の坂」を登って行く

遊行寺は鎌倉時代 一遍上人が開基したという

狂気のように踊り狂いトランス状態に入るのだと思う

鎌倉時代も生活は苦しかったに違いない

踊る瞬間 現実から離れは庶民は救われた

この寺も「鎌倉物語」に登場させた

藤沢で営業している頃は苦しくて

この寺の前の坂を何度も通ったが

寄る事は無かった、

もう行く事もあるまい

早稲田も順位を落とす事も無く

三位で無事通過してして行った。

後はあまり好きではない9区、10区

の風景だ。

これから近所の中國人夫婦と一緒に

しゃぶしゃぶの昼食

新しい年が始まった

いってきま〜す。

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2014年01月02日

箱根が走る

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      (茅ヶ崎・烏帽子岩

いよいよ 箱根も私の一番好きな場所

134号線が浜須賀のY字路で海に出ます

遊行寺の坂を下って湘南の海へ

Y字路を左に折れると江の島だ。

今1時半 帰宅した

石窯パンの店は休み

それでは伊勢丹の近くのドンキーで

食べてから伊勢丹の駐車場へ

近郷近在の車でいっぱいだ

「あなた 私だけ降ろして帰って」

えッ 俺だけ帰るの」

まッ いいか 昨日のビデオの続きを見るのもよし

箱根駅伝の往路優勝はどうなったろう

「今井君」「柏原君」など登りの王者がいた区間だ

浜須賀で早稲田は3位だった。

烏帽子岩が写っている

私の小説「鎌倉物語」では

茅ヶ崎の今はゴルフ場 戦前の陸軍演場に

進駐した米軍砲兵隊は<烏帽子岩>を標的に

大砲を撃ったという

私の仮説では 烏帽子岩の左にもっと大きな岩があった

それを米軍砲兵中尉が撃って破壊してしまった。

そして烏帽子岩に照準を移すと

突然 落雷・大雨が降ってきた

中尉の耳には<STOPの声が響いた。

そんな秘話があって「烏帽子岩」は残っているのだ。

そこを箱根駅伝が走る。

死ぬまでに一度 箱根宮ノ下の正月に泊まり

駅伝を見たいものだ。

今年も箱根が走る

明日は寂しい みんな東京へ行ってしまう

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2014年01月01日

明けましておめでとうございます

謹  賀  新  年

30日、31日と我が家は中国人の嫁さん中心に廻る

31日は嫁さんが、食品スーパーでたくさん買い込む

「今晩何にする」

「鍋にしようか」

「母にたらばカニをもらったので、カニ鍋にしよう」

いつもの歳夜(としや・どうも新潟の呼び名らしい)

二階の台所で食べるのだが、母も父も弱って

まともな用意が出来ない。

それで今年は1階の我々夫婦の台所に中心が移ってきた。

白菜、こんにゃく、牛肉などを入れ煮始める

もう食欲しかなくなった父は、喜んで食べる

死期が迫っている父は、食欲しか念頭にないようだ。

妻ちゃんがカニを父の皿に盛りつける。

そのたびに拝んでいる。

日本人でもできないのに、よく気が付くねェ」

妻も褒められて得意げ

その前に妻は財布を開けて、両親にお年玉と

2万円を取り出した。

元旦の産経新聞 引用

出光佐三の言葉に「僕は青年に呼びかける。政治家をあてにするな、教育に迷わされるな、そして祖先の伝統の血のささやきを聞き、自らを頼って言論界を引きずれ、この覚悟をもって自ら鍛錬し、修養せよ、そして、その目標を明治時代の日本人たることに置け

朝日、毎日 、テレビの世論に「耳目」をふさぎ、

「海賊と呼ばれた男」に近づくのが今年の目標です。

元旦の予定は昼次男が鶏がらを持ってやってきて、

ラーメンを作ってくれるそうだ

<やってきた>

鍋、鶏がらスープ、こぶ出汁、その他麺道具、をもってやってきた

塩味、醤油味、の2種類を作り、食べて帰って行った。

今年も始まりました。

ブログよろしくお願いしま〜あ〜あ〜あ〜あす。

posted by 花蓮 at 14:08 | TrackBack(0) | 体験集