2013年07月31日

短編 鎌倉狐 湘南モノレール編

「自転車はこのまま置いて ドライブ行かないか」

「うん いいよ」

秀雄は腰越の方に下って行き、江の島の前に出た

橋を渡り ヨットハーバーの駐車場でUターンする。

いつも見てる風景の逆だ

湘南海岸、腰越のマンション、七ヶ浜、稲村、逗子の灯りが

ダイヤモンドのようだ。

鎌倉は抱きしめたいほど美しい。

秀雄は自分の生まれた処にいま愛着を感じていた。

「和子 鎌倉が綺麗だね」

「そうね 私も大好き」

 

「ここに一生住みたいわ」

俺と結婚したいという意味だろうか。

それから橋を戻って茅ヶ崎方向の134号へ

いわゆる 「希望の轍」 

サザンロードだ

秀雄は気分が落ち込んだ時

この曲を聴く

そうする<何とかなるや>と言う気になるから

不思議だ。

浜須賀の三叉路を横浜に向うと遊行寺の坂がある

正月の駅伝の復路で苦しそうならランナーの

逆転劇が良く起こる所だ

この遊行寺は踊り念仏で知られている。

鎌倉時代、恍惚となって踊って、現世から逃れると

いうi一遍上人の教えだ。

セミナーのディスコミュージックと同じだ

考えずに身体を揺らす

「思考は行動に従う」

だから無理に笑い続けると嬉しくなってくる。

鎌倉時代に素晴らしい<発見>だった。

サザンの歌は 現代の踊り念仏だ

湘南は素晴らしい人が出る。

残念ながら秀雄のミニクーパーには

CDもカセットデッキも付いていない。

しかし 頭は「希望の轍」モードだった。

134号に 金色のタイヤ痕が二本見えた。

和子も楽しそう

若者の(心どうし)が響くのにお金も時間も

要らない。

例え公園の壊れたベンチでも

豪華ホテルの椅子にもまさっているのだった。

男女は神がこしらえたもの

説明も助けも要らない。

この夜は 最高シティウェーションで

鎌倉狐と

湘南の海と風が、

三浦荒次郎小桜姫以来の出会いを作った。

のほほん育ちの秀雄は知らなかった・・・・

posted by 花蓮 at 09:08 | TrackBack(0) | 考えること

2013年07月30日

短編 鎌倉狐の夢 第1章 湘南モノレール 朝比奈澄夫

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<油壺湾と三浦荒次郎の城跡>

これには深い深い 伏線があったのです。

戦国時代の初め頃 三浦半島には鎌倉時代

北条に滅ぼされた幕府の有力武将三浦氏の庶流がいたのです。

その名は三浦荒次郎道寸といい 油壺湾の岬の城跡 東大海洋研究所に

後世の人が建てた墓があります。

時はずっと下って荒次郎がまたまた小田原北条氏に攻められて

三年籠城して遂に落城討ち死にしたのです。

北条と三浦氏三百年の因縁といいましょうか

鎌倉狐はその時 見ていました。

荒次郎が最後の矢を射て、弓を打ち捨て敵の武者の中に

飛び込んで行く最後を見ていました。

数人を切り伏せましたが、多勢に無勢 後ろから長槍を受けて

振り向き「せんだん巻」を切り落とす間に 前から腹を刺されて

力尽き倒れ込むところを首に脇差で致命傷の頸動脈を切られました。

見事な武将の最後と言えるでしょう。

三浦荒次郎には美しい妻がいたのです。

鎌倉大江氏(大江ひろもとの血族)の一人娘

小桜姫と言い落城の時油壺の対岸の諸磯に逃げ

そこで1年後はかなく命が絶えました。

その地には今パワースポットで有名な諸磯神社(小桜姫神社)が

里人によって建てられているのです。

小桜姫は北条に攻められる一年前、愛馬「鈴懸」に乗って

従者二人と腰元を連れて江の島弁財天に参拝し

七里ヶ浜の海岸では貝を拾い楽しい日を過ごした。

帰りは腰越で左に曲がり、秀雄が通った里道を

行き「手広」に出て、今の鎌倉市役所の「御成り」の

実家の大江家で一泊したのです

帰り道 馬を繋いで休憩したのがロイヤルホストの場所でした

谷が開けて昔から一服したい気持ちにさせる場所で

今のロイヤルホストは絶好の地点に店を作ったものです。

ニッと笑った狐は三浦まで足をのばして

よく散歩に来ていました。

秀雄と和子には目に見えない<霊的血統>があったのです

鎌倉という地に「過去」「現在」「未来」を編んでいる見えない

けど織物があったとしたら、そしてそれを意識できるわずかな人

がいるとしたら面白い事になるだろう。

同じ七里ヶ浜高校で会い、セミナーで偶然ペアーになったので

しょうか。

ロイヤルホストの夜は更けて

秀雄は和子の美しい鼻に見とれていた

「何見てるの!

和子の鼻が美しいと思ってさ」

和子は美しいギリシャ鼻を押さえてつぶす仕草をする

あ〜 だめだめ つぶさないで 戻らくなったらどうするの

秀雄は本気ともつかない強い調子で言うのだった

和子は秀雄の言い方が嬉しかった。

ドリントル玲奈の鼻に似ている

そんな鼻が戦国時代にあったろうか

そして平成の鎌倉に 

また中国のハルピンに生まれた

漢人の玲玲(リンリン)の鼻に

朝比奈澄夫は何故だか知らない。

posted by 花蓮 at 09:19 | TrackBack(0) | 考えること

2013年07月29日

短編 鎌倉狐の夢 第1章 湘南モノレール編

 

一台のスポーツバイクが下って来るのが見えた。<o:p></o:p>

 

秀雄はそれがイタリアのビアンキじゃないかと思ったが<o:p></o:p>

 

遠目では分らない。<o:p></o:p>

 

ヘルメットを手に和子が店内を見回す<o:p></o:p>

 

秀雄が手を挙げると直ぐ見つけてやってくる。<o:p></o:p>

 

秀雄は嬉しかった<o:p></o:p>

 

いくつもの偶然が重なってここでこうして<o:p></o:p>

 

和子が眼の前に座っている。<o:p></o:p>

 

「和子 山の上だったんね」<o:p></o:p>

 

「わたし 同じ七里ヶ浜高校よ、秀雄が三年の時一年」<o:p></o:p>

 

「江ノ電で秀雄が一番前の口私が二番目、秀雄はサッカー部<o:p></o:p>

 

の人達と喋ってたわ」<o:p></o:p>

 

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「全然気が付かなかった」<o:p></o:p>

 

「高校時代は上級生は分るけど、下級生には目が行かないもんだ」<o:p></o:p>

 

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「ある日ね  私も江の島で降りたら

 

秀雄が踏切を越えて腰越の街に歩いて行くのを見たの<o:p></o:p>

 

興味があって付いて行ったわ<o:p></o:p>

 

そしたら 「江の島最中」の店に “ただ今”と言って入っていったのよ<o:p></o:p>

 

ああ鎌倉屋さんか お母さんと一度買い物したことがあるの<o:p></o:p>

 

あなたは卒業して行ったわ<o:p></o:p>

 

何処の大学か分らなくて終ったと思ったの<o:p></o:p>

 

でも でも セミナーで五年振りに見たとき直ぐわかった」<o:p></o:p>

 

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「へえ〜そんな事があったんだ」<o:p></o:p>

 

「和子は今は?」<o:p></o:p>

 

「東女の3年生 英文学科」<o:p></o:p>

 

「頭いいんだね」<o:p></o:p>

 

「何言ってんの 普通よ」<o:p></o:p>

 

秀雄は和子を愛おしいと思った<o:p></o:p>

 

こういうの ラブ アット ファーストサイトというんだな。<o:p></o:p>

 

恋に落ちてしまったのだ<o:p></o:p>

 

狐は物陰でにッと笑った。<o:p></o:p>

 

posted by 花蓮 at 11:14 | TrackBack(0) | 考えること