2013年06月30日

バンドネオンが流れた日(2)

妻ちゃんを家に残して 母の洗濯物を取りに病院に行った

「夕方 わたし見舞いに行くから」

「君を待ってるって言ってたよ」

病気してから 母は気が弱くなって 

妻ちゃんを頼りにしている

一階のエレベターホールに二人の看護師がいた

三人で乗り込む

後ろ姿を見たときから E子に似てるなあ・・

先に入った二人は向きを変えた

あれ! あなただったの

久しぶり!!!   元気」

去年の11月 退院以来だ

あいたかったよ」

「私も あなたのお母さんが入院してるの知ってたのよ」

「でも 病棟が違うからね」

「伝言聞いた?」

「なんで来なかったの?」

療法士のB男を通じて

「東病棟に会いに来て」と伝言があったのだ

でも 本心かと 私は疑っていた

用事もないのに 東病棟に行けないよ

半年会えないのに 

<宇宙の闇に 広がった>

「想念と関係」は 

勝手に進行していた

半年前の会話

外で 珈琲飲まないか」

あなた 奥さんいるでしょ」

「B男君と 三人で飲みましょ」

それが 半年の間に 「会う事」前提に

変わっていたのだ 

これ醸成 

箱に詰めてあった林檎が熟れた

エレベータの中で 連れの看護師を

そっちのけで 

E子は弾んだ

バンドネオンが波打つように

5階に着くまで わずか2分の鼓動だった

「じゃ またあとで

向き合った二人

降り際に自然と E子の乳房を越えて

肩に手を置いた

お爺さんと23歳

これ本当だろうか

「5時から男」のCMが流れた

人生 後半が面白い

去年退院の時 

小説「阪急電車」をE子にプレゼントした

「阪急宝塚線 毎日見かける美しい人

ある日 宝塚図書館で偶然見かける

A男が本を取ろうとすると 彼女が先に手を伸した。

ある日 偶然に電車の隣りの席に

口をきくことに  

「図書館でお会いしましたね」

遠くからA男が見ていたのに 彼女は知っていたのだ

有川 浩 の筆の運び方に魅了されたのは「此処だ」

E子の<感性>に手渡した「阪急電車」が

半年掛けて<共鳴>したらしい

今は6時半

石窯パンの店に 日曜の朝

フランスパンと珈琲 に行くか

人生は後半戦が 面白い  ↓高田純二CM

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posted by 花蓮 at 06:11 | TrackBack(0) | 日々の出来事

2013年06月29日

バンドネオンが流れた日(1)

006

磐越路から帰ってくると アマゾンから本が届いていた

食堂のおばちゃんこと 山口恵以子の「月下上海」だ

彼女は上海にも行くお金が無かったので

あらゆる「上海本」を読破したそうだ。

民族という事について

一人一人はキラキラ光る 

たとえば杜甫がいたり李白が

いたりするけれど百人千人寄ると 

民族特有の個性が出る

(もう一つ 李登輝さんのような

素晴らしい中国人もいる。)

中国民族の劣等性が顕著になる。

汚い、自分勝って、騙しが日常。

この民族性を知らないで

不用意に近づいた昔があった。

国際結婚する人は この民族の特性を

分解して 個人レベルに移行させるのが

ポイントである。

往々にして日本人の能力不足で

駆け引き民族の中国女との結婚は

破たんする。

先ずは自己能力の未熟を反省すべきだ

日本女性の評価に耐えられる男かどうかが 

リトマス試験紙だろう。

ものすごく 楽しみに ベッドで開く

宝石箱をひっくり返したようにキラキラ

昭和17年の上海の街の描写が出てくる

「上海は直接海に面していない

揚子江の支流の黄甫江の上流にある

乗客たちは甲板に出て眺めた

日本では見た事も無い風景が広がっていた

大通りには壮大な高層建築が立ち並び

その威容は摩天楼と称され、それを見た

日本人はみんな溜息が出そうになった」

山口さんの また引きの 孫引きの文章を読んで 

17年の上海にトリップする。

楽しみな 虹口(ホンキュ)、四馬路(スマロ)が

出てくる記述のページ。

山口さんはどう描くだろう

出てきた!!!

〜 ♪ ♪ 夢のスマロの霧降る夜に ♪ 〜〜

 ( 明日に続く)

明日はE子ちゃんとの話が急転開・・・・

posted by 花蓮 at 06:37 | TrackBack(0) | 日々の出来事

2013年06月28日

緑したたる磐越路

昨日は妻ちゃんと 新潟から二時間ばかりの

会津若松城に行ってきました

NHKの八重の桜の舞台

山本八重が籠城戦をやった場所です。

小学校の遠足が野口英世記念館なので

新潟県民にとって馴染みです

しかしここ二〜三十年は忘れていた城です

「ここで百年前 戦争があったんだよ」

「へェ〜」

戊辰戦争の会津の立場など妻に説明しても

分かるはずがありません。

ただ 新潟の近くに こんな城があったと覚えてもらうだけ

私が死んだ後に 記憶に残るかな

東山温泉に抜ける道の ドライブインに

ワラジのような大きなとんかつがあったのを

思い出して寄った

ここに6年前癌で亡くなった親友と

このとんかつを食べに来たのを思い出した

当時まだ中国に居た妻に インターネットで紹介した

「まってるからね」

と言ったのに

彼は来日を待たずに逝ってしまった

夏を前にどこまでも深い

盛り上がるような緑

入道雲の季節を前に 

緑したたる磐越路だった

白虎隊の少年に黙祷

posted by 花蓮 at 07:17 | TrackBack(0) | 国際結婚体験集