2013年05月15日

ママの電話

ママから電話があった

ママと言っても 20年来馴染みのスナックだ

彼女は昔 県知事も行く(経営者は県知事の小指)

クラブの若手だった。

掛け出しの私なんか小さくなって隅に座っていた

その彼女が独立してスナックを持った。

好みでは無かったので、何も無かったが

その店の子とは何人も付き合った。

今の妻ちゃんが来てから、夜の街はすっかりご無沙汰だ

「あんたさ 経済に詳しいから聞くんだけど

大事なお客さんが例の大企業の倒産で

連帯保証の何十億も請求されてんさ

私も知っている大きな会社だ

社長じゃないんだろう」

そうだよ 頼まれて名誉職だったの」

銀行は鬼みたいになって 回収に来るからな

保証人ってのは本人と同じだよ 情状なんかないさ 弁護士には

あいつらは法律にのっとった「追いはぎ」みたいなもんだから」

新潟じゃつるんでる見たいだから 東京で知らない?」

知らないな

俺の同級生は頭が悪くて直ぐ降参するんだよ

残念ね あんたも元気そうだから 飲みに来て」

可愛い子入ったよ」

E子のような 素人のフレッシュさがないんだろうな

このスナックに居た夜明けの明星を眺めたF子と

偶然スーパーの前で会った

あら^元気」

あの当時は27歳 多分今は37〜8歳か

容色の衰えは隠せない

わたし 湖の前のエステに居るの」

今度きて〜」

男でもいいの?」

「電話してくれば 個室用意するわ」

その個室という言葉にひっかかった。

椰子の木陰のバリ島エステがなつかしい

あとで密かに彼女のエステ前まで行った

<ハワイエステのパンフだけ持って帰って来た>

だけど今はもう過ぎ去った事だ

何事にも<旬>がある

老人にはいろいろやる暇がない

やっぱり若者で美人の妻ちゃんしかない

「俺十年やれる株の儲けるPCソフト買ったんだ」

この20年に一度の大波この次は生きていないよ

大丈夫 そのソフト残して行ってちょうだい

posted by 花蓮 at 11:13 | TrackBack(0) | 経済

心の方向

妻ちゃんが言った

あなた 携帯の電気入れておいてよ!」

実は母の見舞いに行くとき 切っておいたのだ。

別にやましい事はないのだが(実は心の中にある)

E子ちゃんに魅力には抗しきれない

心の方向は自由にならないのだ。

昨年の10月

E子ちゃんに

 「退院したらTALLYSで珈琲飲まないか?」

あなた 奥さんいるでしょ!」

それ以来 ぐーのねも出ない

あれから半年

ははの入院で2回行ったが 会えない

昨日はナースステーションの前のエレベターに乗って

振り向くと

5〜6人の看護婦さんが手を振っている

私も思わず手を挙げたら、その手には母のパンツが入った

ビニール袋を持っていた

数秒だったが 確かE子ちゃんはいなかった(だろう)

そんな事で 携帯の電気は入れてない。

つまらない話でした。

ジェイエーシーリクルートメントという株があるが

一昨日突然300円も噴き上げた

思わずN證券に電話して

「売ってくれ」 と言った。

最高値で売れた

350円の差益だ

阿倍さん、神様、仏様

民主党の貧乏神よ去れ!

これで妻と佐保路に行けるかな

待てよ

株の世界は一寸先は闇

橋下さん、安倍さん躓かないように

ご無事を祈ります。

阪神淡路大震災の画面を覚えている

村山何とかいう首相が被災者の体育館を

訪問した

立ったまま さっと見ただけ

一方同じ体育館で天皇皇后両陛下は

ひざまずいて 被災者に声を掛けられた

妙にこの光景が心にある。

こんな何の価値もない男のいう事が

「村山談話」としていつまでも残って

阿倍さんを縛る。

posted by 花蓮 at 08:53 | TrackBack(0) | 日々の出来事

2013年05月13日

昨年の夏以来のアメーバブログ

メールBOXを見ていたらアメーバ限定のメールが来ていた。

<花花公子>そのブログの名前だ

プロフィールを見ると、北京の商社マンだ

その小説家のような切れ味の文章に惹かれた

その人が一昨年から、精神の病で休筆した

その文章が惜しくて、こちらから「ベタ」(アメーバ独特の来たという

挨拶の印)を残したが、返事が無い。

昨年8月私が脳卒中で倒れて<ベタ返し>が出来なくなった。

一時は40の仲間がいたが、今日9か月振りに見たら一人も

居なかった。

実はベタ返しが毎日に負担になっていたのだ。

<死んだことにして>ベタが自然消滅するのを

待っていた。

今日見たら一人の女の子だけがまだ続けて送って来ていた

9か月前 そのこにベタ返しに訪問すると、数人だけの寂しい

サイトだった。

でも何故か私は四、五十の忙しいサイトだったけど

彼女を訪問し続けた。

誤字、脱字が多く、中学をまともに出ていなようだったが

何故か続けた。

それが今日彼女だけが、ベタ訪問で去年8月から更新してない

同じ文章のサイトに来ていたのだ。

それと北京の商社マンの軽快な文章が・・・

たった2通のベタ

このブログでは私の知り合いが多くて

「死んでない事」がバレテしまった。

北京というアメーバも月2回くらいで復活して見よう

と思う。

どうやって記事を書き込むか忘れてしまった。

とりあえず この二人に<北京>を返した。

<北京>という名に惹かれて来ると、

やがて反共・反鮮ブログと分かって

去って行く人も多いが、当時ベタ交わしていた

中國駐在員たちはそろって中国の悪口を書いて

溜飲を下げていた。

私もその仲間

また やる気が出てきた

もう少し生きようか

今日母が入院して 付き添いで行ってきた

私が居た病院だ

玄関ホールで半袖のポロシャツを着たS子にあった。

あら お久振り 素晴らしいネクタイね

君もピンクのポロが似合うよ」

理学療法士のS子 半袖から 若さが弾けてくる

こんなに美人だったかな?

理学療法士のB男君

また 母の担当になった

「看護助士のE子ちゃんは今日いる?」

東棟にいます、 ステーションまで行けば会えますよ」

恥ずかしいよ

「何言ってんですか」

「あんな若い奥さんがいるのに」

「・・・・・・・・・・」

またこのブログ書いちゃった。

posted by 花蓮 at 21:38 | TrackBack(0) | 日々の出来事