2013年03月22日

大いなる道草・出口のない森

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<我が家のうしとらの金神・トイレの神様>

今日は黒須紀一郎について

先日借りた「羊の十字架」を読んでいると

原始キリスト教が古代に日本に伝来した

という筋で始まる。

青森にキリストが来た

戸来(ヘライ)村があるとか、墓があるとか

あの手の小説かと思っていると、

著者の黒須さんはなかなか止めない。

1894年生まれの山根キクの「光は東方より」

など昔聞いた事がある。

超古代の文書と言われる「竹内文書」

「ユダヤ日本同祖論」など定番の文書が

どんどん出てきて止みそうもない。

「九神文書」「上記(うえつふみ)」(大和朝廷成立以前に

ウガヤフキアエズ朝・72代があったという事が書いてある

古代文書)など迷路の世界だ。

これが小説の傍系かと思いきや、

中心に躍り出てくる。

実は若いころこれに嵌りこんで、読み漁ったのだ。

やっと中年になって縁を切って、普通の世界に戻った。

後半「出口おにさぶろう」が出てくる。

ついに出た。

神霊界の巨人、大本教の教祖だ

戦前 百万の信者が居て・軍人、皇族などの

入信で繁盛した教団だ。

天皇家のアマテラスではなくて、

スサノウの尊を祖としたので

戦前の皇国史観と相いれなくなり、

京都府綾部にあった本部は特別高等警察に

よってダイナマイトで爆破され、徹底的に

弾圧された。

子孫の「出口日出麻呂」が牢獄を

出たのは戦後だった。

血統に根差すので共産党より始末に悪いと

特高は判断したのだとおもう。

この神の「艮の金神」(うしとらのこんしん)に

はまったのだ。

うしとら(艮)の方向(家の東北の鬼門)

便所の神・艮の金神(うしとらのこんしん)

実は「植村花菜のトイレの神様」の伝承は

この神だった

植村花菜 トイレの神様 ↓ youtube

http://www.youtube.com/watch?v=CPlXv_XmCZ8

すなわ大和朝廷成立以前の縄文時代の神様が

おとしめられて、汚い神になったという伝説。

「出口なお」に憑依して元の神が世に出るぞよ・・

語ったのだ。

植村花菜のお婆ちゃんはこの戦前の出来事の

記憶を語ったのだろう。

「花菜」のふるさと兵庫は京都府綾部に近い。

あの歌で縄文の神が平成に出てきたのかも。

<大本神諭>おおもとしんゆ

これがこの小説に延々と出てくるのだ。

この何十年の無駄な迷路

人生の道草

でもこれが今の妻ちゃんと出会った機縁かな

大変な事が書いてある小説だった。

著者の他の本のタイトルを見ると

「蘇民・・」とある

民族学の折口信夫 これなどは

どうしても「縄文」にぶち当たる。

縄文人・せぶりもの・別所のたみ・

被差別部落・賤民

どうしてもこの問題に突き当たってまう

民族学を真面目にやれば、

柳田國男さんは遠野物語以降縄文に突き当り

高級官吏になりつつあったので、研究を止めた。

すなわち皇国史観と相いれないのだ。

大本史観にたどりつく。

日本は単一民族ではなくて

縄文・弥生天皇の別民族・複層国家らしい。

<梅原猛「神々の流?」 >

新潟長岡・馬高縄文遺跡の国宝火炎式土器

市制100周年記念講演で梅原猛先生は

こう言った

 これからは縄魂弥才(じょうこんやさい)

でいきましょう」 と

縄文の純朴な たましいと

弥生の駆け引き上手な才能で

日本人は弥生人との混血なのだ

縄文人は被差別部落に落とされた。

ハシモトさんは

縄文人かも・・・・・・

素人はこの問題に足を踏み入れると

出口の無い森だ。

弥生の才でTPP銘柄を追う方が良い。

いすゞ、日野自動車、ホンダ・・・

艮の金神 神の領域だった。 

くわばら くわばら

posted by 花蓮 at 06:48 | TrackBack(0) | 考えること

2013年03月21日

五月の風「前夜の航跡」

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妻ちゃんがいないので、図書館通いが始まった。

ある日  林の中を抜けて図書館に着いて

入口の推奨書架を何気なく見ると

前夜の航跡」が目に入った。

ぱらぱらとめくると

「赤い地に”桜に錨”の意匠があり・・」

ああこれは海軍ものだなと分かった。

よしこれは帰りに借りようと思って

書架に返しておいた。

三十分くらい奥の書架を漁って、

さてあの本を>

あッあッ 無くなっている

あんな特殊な海軍ものをわずか三十分で

借りる人がこの館内にいるなんて!!

そうなると無性に読みたい。

次に訪問するとき探すがまだ帰っていない。

このタイトルを忘れてしまって、

たしかブルーの表紙で海に関係がある

タイトルだった。

一昨日また行って見るとそれらしき本が

戻っていた。

今日は初めにピックアップしておこう

カウンターに持っていくと

「おかりになるんですか

いや まだ選ぶんで預かってくれない?」

楽しみに一番最後にして、昨夜読んでみた。

何だか薫風が吹いてくるような

爽やかな香りがする「折り目筋目」が

礼儀正しい小説だ。

途中で巻末をみる。

「この作品を執筆するに当たって、(中略)

とくに「海の海女」の中で描いた「第四艦隊事件」に

ついては吉村昭氏の「艦首切断」に出会わなければ

その真相をしる事が出来なかったでしょう。

吉村氏の圧倒的取材力に改めて驚きを覚えると

ともに深く感謝を申し上げます。」

柴野貴季・1960年生まれ、司馬遼太郎の

「坂の上の雲」に感銘を受けた事をきっかけに

旧海軍への関心を深めた。

第22回日本ファンタジーノベル大賞。

とある

吉村昭さんについて12月ころブログに書いた

「戦艦武蔵」だ。

その全集に入っていた短編「艦首切断」は

ある駆逐艦(名前忘れた)が、三陸沖で台風の中

演習して物凄い「三角浪」に襲われて、

船首が折れてしまった事件を描いた小説。

その船首には兵30名が取残された。

やがて太平洋のもくずとなった。

最新艦だったので 設計をやり直したが

切断そのものは軍機密で葬られた。

衝撃的な出来事(私にとって)だったので

印象にいつまでも残っている。

それがこの小説で取り上げられ、

「坂の上の雲」も”明治のあさぼらけ”

の松山がなつかしい、

一昨日のブログで四国旅を書いたが

そこには「明治の松山が下地としてあるのだ」

目に見えない糸で小説は

結ばれているのを感じる。

ついでながら会津藩墓地で京都黒谷の「金戒光妙寺」を

数週間前<なんて読むの>とブログで書いたが

その時借りた「京都歴史散歩」の中に

(こんかいこうみょうじ)と説明してあった。

疑問だった「黒谷」も 京都に谷があるなんておかしい

と思っていたが、これは丘の意味とある。

見えない糸で繋がれて偶然の紀行文だった。

<南無阿弥陀仏>

posted by 花蓮 at 07:35 | TrackBack(0) | 考えること

2013年03月19日

百済の国の事

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     <法隆寺百済観音>

今年のGWはどうしよう。

平成10年は奈良・京都・浜松へ行った

妻はきっともったいないなから、家に居ようと

言うに違いない。

私は余生が短いから、できるだけ思いでを

作ろうとしている。

こんな気持ちは伝わらないだろうな

理想を言えば(運転がふらつかなければ)

瀬戸内海沿岸を回りたい

倉敷・広島・呉(戦艦大和博物館)

江田島海軍兵学校・松山

高松・神戸である

これが最後の四国の旅になりそうだ。

朝鮮に渡った祖父母は讃岐・高松の生まれ

丸亀藩士の家系、小さい時丸亀・高松の話を

よくしていた。

母は全羅南道・木浦(朝鮮)の生まれ

戦前の木浦高等女学校を卒業した。

だから高松と木浦(もっぽ)の話は良くしていた。

私の子供の時、

朝鮮漬け(キムチなんて我が家では言わなかった)を

よく食べた。それが世間に無かったころ、

祖父は京城(けいじょう・そうる)へ出張ばかりして

いたと祖母がかたった。

初めてソウルに降りたった時、

祖父の名を呼んだ。

妻に引きずられてあと一度は行くかも知れないが

もう行きたくない。

でも韓国友人もいる

ソウルのサウナでかばん屋の社長をしている彼と

どちらが大きいか比べっこをした。

妙に彼とは気が合って、

見合いをセットしてくれたこともあった。

それがその女が<全羅南道木浦>の出身だった。

金大中も木浦(もっぽ)出身。

あの時「諾」と返事すれば 朝鮮人が妻になっていた。

全羅南道は百済の国があった所、百済が新羅に滅ぼされる時

王族や廷吏達が日本に避難してきた。

京都太秦や東京狛江(高麗)などがそうだ。

だから今現在でも全羅南道出身者と慶尚北道出身者は

仲が悪い。

私も百済ヒイキである。

見合いした彼女はスケートの女王に似ていた美人だ。

posted by 花蓮 at 21:50 | TrackBack(0) | 考えること