2012年11月30日

蘇るむかし

何が起こるか分からないものである

このブログの威力に驚くばかり

簡単に日本全国の人が読んでいる

ひょっとして妙齢の俺の好みの美人が密かに読んでいるかもしれない

昨晩は山梨県の静岡県にでっぱった場所に住んでいる

数年前に結婚したお客さんからメールをもらった

武田信玄の狼煙台があると言っていた

勝頼の高天神城が思いだされて、武田滅亡に心が痛むのである

立教大学の英文科 <おれたんち>のマドンナは山形西高

福井の友人と二人が好きになったマドンナにメるアドを知らせて

彼女から脳卒中を心配してやってきた

生き返るということはいいいもんである

会津磐梯山の檜原湖で1年生の夏合宿した事があった

死体が浮かないという檜原湖でマドンナが溺れそうになった

俺は自信がなかったが泳いで助けにいった

あの時まかり間違えば二人は死んでいたかも

しれない

死なんか恐れない無茶な年令だったのだと思う

あれが最後ならその後の思い出は無かったのだ

数日前のジュンク堂で「山本八重」の伝記を買って来た

幕末の「会津若松城」で最大の籠城戦があった

来年のNHK大河ドラマの主人公である

後の同志社創設者「新島襄」の妻になる女性だ

彼女は会津藩の砲術家の娘で、スペンサー銃という

元込め式の最新銃をもって若松城に籠り

官軍を撃ち倒した豪傑である、(来年は楽しみ

彼女が銃を構えた西出丸を見に行こう)

会津の想いでにふけっていたら マドンナからメール

こういうのをシンクロシテイと云うのだろうか

想いは巡る、

バリ島に住むAさんからもメール、中国人と結婚したいと言ってきた人だ

私の机の上には「ガルーダインドネシア航空」のミニカレンダーが載って

いるこれも数日前送られてきたものだ

脳卒中で倒れるまえ妻と行った島だ

あなたもう起きないと思った>

中国女は愛しい、いいところを見つけて好きになればいい

山本八重は会津で死に「京」で新島八重になった

posted by 花蓮 at 09:56 | TrackBack(0) | インポート

2012年11月29日

大学時代のマドンナ

福井の大学時代の友人からメール

私の脳卒中を大学時代のマドンナからの連絡で知ったらしい

女の話ばかりで読者には申し訳ない気がする

でもこの世で一番きにかかるのは<なおん>のことである

彼女に5〜6年まえ言った

<俺ブログ書いてんだ> <わたし自分を暴露するようなこと嫌い>

バッサリ切られてしまった

実はこのバッサリ切られるのが快感なのである

脳卒中の2ヶ月目から最新設備の救急病院から追い出されて

リハビリ病院に移ったのです

手足、指、言語の3科に分かれていて、60人もの療法士がいる

この手足の療法士のA子ちゃんのお蔭で早期回復したのである

4本爪の杖を使って歩くのが<私の最終の姿>と諦めていると

あなたはそんな姿にはさせない、もっとかっこいい形であるけるんだから

彼女の中には私の姿ビジョンがあったのだ

くじけそうになったとき、彼女のきつい言葉で<突かれた>

男なら許せない言葉で切るのである、

<指示聞けないなら今すぐ退院しなさいよ>

そういったかと思うと 後で病室まで様子を見にくるのである

私がぐらっと心が動いて 近づこうとすると

お父さん 私の父と同じくらいの歳なのね

と<近づくな>」のサインを送ってくる

私の退院の日が決まって

<寂しくないかい

なに 引き留めて欲しいの?

かわいくないこというのである

私のいえの階段を想定して、病院の階段を手すりを使わず

上下させるのである

とにかくわたしの<足>に全身全霊を投入してくれたのである

妻は敏感に私の心の動きを感じとっていたのである

あなた 彼女に面倒見てもらえば> 

垣根を取り払って襲うほど若くはなかった

<ぎくッ>

posted by 花蓮 at 20:51 | TrackBack(0) | インポート

2012年11月28日

こんなブログに固定読者

昨日玄関のチャイムが鳴った

誰だろうと思ってドアを開けると、近所のマッサージ師さんだ

ブログ見たら退院してきたのが判ったので

おとついブログを再開したら、早速の影響です

このまま死んでしまおうかな

何だか脳卒中でこん睡状態になって、

死んでしまう事は簡単だと思えるようになった

これから社会復帰して<生きている>連絡を

じょじょに開始するとひとり静かな自分だけの世界に戻れなく

なってしまう。

せっかく全部絶ってしまったすっきりした<あの世>が

ちょっぴり懐かしい気もする

そんな事を考えていたら、「この世」がブログの世界を通じて

コンタクトをとってきた

昔むかし山一證券で新人の時、鷺ノ宮寮で一緒だった

M君も読者でいてくれる

今は愛知県の海岸の町の大きなロープ屋さんの社長だ

一昨年妻を連れて何十年ぶりに会いにいった

その後すぐ心不全で入院したのが、病院ライフの始まりである

・・・・

今回の脳卒中も落ち着いた頃

俺 三年まえに ここに入院してたんだ」

その時6階の循環器科だったけどA子ちゃんまだいるかな

俺は彼女との会話を覚えていた

ほら 湖の向こうに俺の家が見える」

いいの あなたの家 見てもしょうがない

彼女は窓の方を覗きこもうともしなかった

今回親しくなった看護婦に彼女の消息を尋ねてみた

わたし 調べてくるね わたしそういえばあなた担当した

 

事があるよ 今度はついていくね

あまり美人じゃない彼女の顔を<記憶しようと>じっと見つめた

「調べてきたわよ

翌日彼女は報告してきた

もう定年退職したって

え〜まだ20代の若者だったぜ

パート労働者だったのかもしれない、彼女の過酷な身分が

瞬時に頭をよぎり、私の口を閉じさせてしまった

[君の顔見せてよ}

彼女はマスクを外した

発達していない乳房が目に入った

おめえ何考えてんだ  なにもおこりゃしねえ

         つづく

posted by 花蓮 at 09:43 | TrackBack(0) | インポート