2010年09月29日

山一證券の同窓会

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メールを開けると 同窓会の案内 が目に入りました
「山一證券の同窓会」です
昭和44年の春 我々は入社しました
その数 60数名  それから3ヶ月新人研修があり、お札の数え方から
レシオ 株価の見方まで教え込まれたのです

その中で山一経済研究所で倒産の日まで残ったA氏が
同窓会を呼びかけたのです
迷っていると 今朝 寮で同室だったM君からメールがきました
君が出るなら 行こうと思っている なにしろ遠いので
 ブログ読んでるよ

それで勇気が出て また書き始めたのです
M君はいまや 押しも押されぬ大会社の社長
寮にいる時ときから 目から鼻に抜ける発想をする人でした
”戦友”でしょう

我ら団塊の世代も定年を迎えて 人生を振り返っている時期です
最後だから 同窓会に行こう 何もなくても 若かった頃を
観てこよう  いま書いているうちに決めました


先月は親友の3回忌
台湾に一緒に行った人です 
俺は あんたの女房が来日するのに間に合わない 一度会いたかったぜ

余命半年と言われ 喫茶店で私に告げた時の事です
無電が ツーーーーーと鳴って 止まった時 
敵艦に体当たりした 俺が生まれたのは

知覧特別攻撃隊 小林少尉」 これが俺の生まれ変わりだ

こんな事を言った彼も逝った
昨日 国際結婚で 新しい生命が生まれた
日中攻撃開始 中国は摩擦を起こしても盗ると政策決定したとか
仙石よ 小手先では逃げられない

混血の架け橋よ タクラミを越えよ

posted by 花蓮 at 09:10 | TrackBack(0) | 浮き草

2010年09月28日

故宮博物院の宝物

Photo <日本統治時代も総督府>

台湾の事を書いたらむかしを思い出しました
今の馬英九が中国に擦り寄って、観光客がわんさか押し寄せているそうです
そのうちに根こそぎ盗られしまうのです

そんな気配がない李登輝総統の頃行ったのです
アジアワールドというホテルに泊まると 中心が30階まで吹き抜け
になっていました。
わたしの親友と一緒に行ったのです
その親友は台湾の空港に着くと香りが違うといっていました

彼は台北に”李ちゃん”という会社の秘書をしている恋人がいました
彼と李ちゃんと三人でロビーにあった水晶の店に ふと寄ったのです
そこに居た背の高い 瓜実顔の店員に目が釘付けになりました
さっそく買いもしないのに 名前を聞いたのです
そのことは別に書くとして

我々は故宮博物院にいきました
これは国民党が敗色濃厚になった時 紫禁城にあった全ての
宝物を貨車7両に積んで台湾に運んだのです

蒋介石の快挙です
いま博物院の裏山に深いトンネルをほって 保管してあるそうです
いまは猫なで声で寄ってきて すっかり北京にもっていかれるでしょう

posted by 花蓮 at 14:40 | TrackBack(0) | 旅行

2010年09月24日

麗しの島 フェロモサ

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<台湾 蒋介石記念堂>

台湾からの元奨学生でいまは 日本人と結婚して大学教授に
なっているA子さんの話です

彼女に台湾の話をしてと 講演を頼んだ事がありました
そのタイトルが「麗しの島 フェロモサ」です
フェロモサという言葉は 初めて聞いたのですが
ネットで調べて見ても たった1件しかヒットしません
どうも1600年ころ オランダが台湾を占領している頃
オランダ人が呼んだ台湾の名前らしいのです

そのくらい この島は美しかったのでしょう
歴史を調べると 清朝も統治の実績がないし
国共内戦で共産党に破れた国民党が蒋介石に率いられて
戦後やってきました
A子さんの家は複雑でお爺さんは日本統治時代を懐かしみ
日本語で 父は外省人(国民党やそれに付随して渡来した人)
をきらって台湾語で 混合の言語の家に育ったそうです

なんでこんな話題を出すかといいますと 台湾本島でさえ関心が
無かった清朝が「尖閣諸島」を領有した事はいまだかって
一度もなかった事を言いたいのです。

有史以来 一度も足を踏み入れた事はないのです

posted by 花蓮 at 13:38 | TrackBack(0) | 日々の出来事