2010年04月29日

忠臣蔵始末

Dsc05746 <火坂 雅志>

世の中は思わぬ事が繋がっているものです
最初は「火坂雅志」という作家の「骨董屋事件始末記」を借りてきて
読むと「何でも鑑定団」を思い出して面白かったのです。
京都の幕末の風景や、骨董の知識に引き込まれました
坂本龍馬がいた頃です。 続編は明治の5年の京都が舞台です
この作家は筆の運びが深くて興味があったので、続いて「忠臣蔵心中」
を借りてきたのです。
すると近松門左衛門が新潟の新発田生まれで、
忠臣蔵の堀部安兵衛の腹違いの兄と書いてあったのです。
堀部安兵衛は中山と言ったのは知っていました。 中山家は新潟新発田藩
の二百石取りの侍でした。
私の小学校には「安兵衛手植えの松」という大木がありました。
その先妻の子が近松(武士を捨てた)なのです。
仮名手本忠臣蔵を書く深い意味があったのかも知れません。
自分の腹違いの弟が討ち入ったのですから
我が家はこの新発田藩の新潟市にあった米蔵の役人の家系で、子供の頃
まだ江戸時代役宅に住んでいました、もちろん家は建て直していましたが
火坂雅志さんは今日ネットで調べたら「天地人」の作者というじゃありませんか
まったく今日まで知りませんでした。そして高校まで同じとは・・
もうひとつ 彼の「蒼き海狼」という小説はハルピンが出てくるそうです。
これは借りるのではなくて買ってこようと思っています
蒼き海狼については、「おおたまの時々北京的生活雑記」という
ブログを見て知りました。
この「おおたま」さんのブログは面白そうなので、お気に入りにいれました

posted by 花蓮 at 10:59 | TrackBack(0) | 日々の出来事

2010年04月27日

ワイルドワンズ

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<ワイルド ワンズ>

なんで急にワイルドワンズかと言えば、さっき二十年通っている喫茶店で
その話が出たのです。
マスターは偶然高校と大学が同じで、この二十年で店に来た<いい女>
の思い出を話していたのです。
最近は一人もあらわれません、彼女達も四十を越えているでしょう
いい女が不倫で付き合っている医者を、別れ話で水をかけたこととか
ある社長が東京へ出張と言っていそいそ出て行くと、付き合っている女が入って
来て「私東京へいくの」とみえみえの話をしたとか昔話で花を咲かせました。
そんな中でYouTubeでビレッジシンガーズの「バラ色の雲」を聞くと涙が出る
というと、彼はワイルドワンズの「鳥塚しげき」は法学部の先輩で見たことが
あるというのです。
それなら倶楽部の友人が「同級生の鳥塚君だ」と私に紹介したのを思い出しました。
新しく今年から振り付けも作って、ツアーも開始するとNHKにでて言っていました。
<俺もじじいなんて 言ってられない>
ビレッジの清水君が大好きでしたが、40年後の彼は私と同じように変わっていました。

「亜麻色の髪の乙女」のイントロを聞くと、胸が締め付けられる

http://www.youtube.com/watch?v=1a74hFP4w0k&feature=related
(亜麻色の髪の乙女に行く) 歌い出しの艶のある音

posted by 花蓮 at 16:27 | TrackBack(0) | 日々の出来事

2010年04月25日

変わった申し込み

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昨日また「何でも鑑定団」の時間に電話が掛かってきました
ああ〜あの値段はいくら 
と思っているのに電話の主は話始めました。
言葉から まだ慣れない中国人女性とわかります
彼女は日本に来て3ヶ月たたないこの4月 突然夫が「別れて下さい」と言ったそうです
日本料理を一生懸命作っていた彼女はあまりの突然の夫の言葉に
目の前が真っ暗になりました。
彼女は結婚相談所を通じたのではなく、夫と4年間の恋愛を経て結婚したのです
私が義憤に駆られて「なんで恋愛なのに 充分付き合って結婚しているのに
無責任じゃないか」というと 
「夫はまだ若いから 自由になりたいんです 好きにさせてやりたい」
とまだ「かばう」のです。
「次の人がみつかるまで 一年でも在留申請は婚姻のままで君が日本にいられるよにする」
と責任は感じているようです。
まあ 泥地合いになっていなくてホッとしました。
彼女は香港の隣りの広州市で 結婚まえはちゃん良い職に就いていたそうです
それも今は失って 「俺がなんとか探すから だいじょうぶ」と私が言うと
急に泣き声になって 「だれも日本では知らないから」と言います
情にもろい私は いやいや待てよ安請け合いは返って気の毒と思ったりします
「日本の民法では離婚から6ヶ月女性は再婚できないよ」
と教えてあげました。
幸い(もと)主人の情もあり そのままで一年以上待てるので
そのうち理解ある男性が現れるかもしれません。
話が終って電話を切ると「なんでも鑑定団」は終っていました
二十年まえ広州に行ったとき 日本では1メートルにもならないガジュマルの木が
太木になって道の上に垂れ下がっていたのを思い出します
また鑑真和上が流れついた寺は文化大革命で祭壇には
仏像の代わりにプラスティクの恐竜が置いてありました。
革命は狂気です わけが分からない大衆
破壊された文化財と文字
いまも訳ががわからない

posted by 花蓮 at 07:23 | TrackBack(0) | 日々の出来事