2009年10月28日

光り輝く街 ハルピン

Dsc05512 <ザ・ハ ル ピ ン>

Dsc03800_2 <わたしの満州クーニャ ン>

ハルピンそのもの 小説です。
作者はよっぽど北の都ハルピンに思い入れがあったんですね。
人は歳を取って消えていきます、いま東京大空襲を語る人はなく、
街は全くそんな事を忘れ去り 先を急ぐ。
ハルピンもまさに、450万の大都会に発展して昔を振り返る間もありません。
この小説は昭和20年八月十日、まだ終戦わずか前にソ連が満州国境を破りハルピン
に侵攻した日の日本人の混乱を描いています。
結婚男性に付き添いで何十回も行ったハルビンにこんな悲惨な歴史があったのを
しりました。
ハルビン二中(ハルビン第二中学校)の日本人少年が中共軍(八路軍)
に入ってしまうストーリーが街の景色と共に展開します。
今も昔を留めるのはスンガリー川(松花江)の鉄橋と、石畳のロシア街(キタイスカヤ街)
です。  街は過去を消し去り、先を急ぐ。 
<著者の あとがき を引用すると>
人はだれしも無性にいとおしく、抱きしめたくなるような思い出に駆られるものを持っている。
ハルピンの名を聞くときの、わたしの場合がまさにそうだ。
「ハ」・「ル」・「ピ」・「ン」の片仮名四文字に触れると、いつも心が微妙に疼いてしまうそれほど忘れえぬ街、
ハ ル ピ ン。 

私(中村)は今までハルビンと濁って書いてきたけれど、きょうからハルンと書きます。
の方が美しい。HARBINと英語で表記するのでそうなったのでしょう。
ハルピンそのものが私の妻となって、今は傍に眠り
満州が私に生きて、麦の広野に彷徨う。

posted by 花蓮 at 06:43 | TrackBack(0) | 日中感想

2009年10月26日

レッドクリフ 赤壁

Dsc05505

<蔦の絡まる校舎>

家の近くに高校があります。
ある日 ふと見ると あんまり芸術的に色づいているので、戻ってカメラを持ってきて
撮影しました。
歴代の校長も粋な事をするものです。
通常 蔦は壁面を痛めるので、「管理者」としては撤去するのですが無事に逃れました
ここまで美しく飾るとは思わなかったでしょう。
卒業生の心に残っていくでしょう。
この高校の裏には、馬場があり珍しく馬術部があります。そしてこの校舎の右側には
弓道場があります。
弓を持つ眉目秀麗な若者に会いました。
ズボンを下げた腐臭のする若者が多いなか、一服の清涼剤でした。
妻も「わ〜綺麗」 日本のこころだよ〜

posted by 花蓮 at 06:39 | TrackBack(0) | 日記

2009年10月23日

呑龍

Dsc05504 <10月21日 読売新潟版>

わたしも10月10日のブログに書いた、台風で倒壊したオブジェに関する記事が
読売に載りました。
まるで龍が水を呑む姿みたいに見えませんか
日本の中国花嫁の故郷、黒龍江の龍が信濃川まで水を呑みに来たようです。
新聞記事によるとこの作者は台湾の芸術家だそうで、市長や市民の強い要望
で台湾から来て再建するそうです。
市民は見ていないようで、愛着を持ち始めていたのですね
涙を流す市民もいたと書いてあります。
ただ11月中旬から、台風並みの季節風が吹くので心配です。
写真はわたしの方が上手では?(若者支局員さんごめん)

posted by 花蓮 at 09:24 | TrackBack(0) | 日記