2009年07月31日

アナクロニズム(2)

2

Photo
畠山英数さんの「教え子に語る私の戦史」1,2巻を二晩で読みました。
妻が自分の話相手をしてもらいたくてチョッカイを出して来ますが、面白過ぎて顔もあげられません。
妻が覗き込んで「東洋鬼子」(日本兵の蔑称)なんて文字を見つけて 「これ中国の話?」
と聞いてきます。 しまった!見つかったか  俺の気持ち説明できないしなぁ〜
畠山さんは昭和14年上海のイギリス租界(英国が統治していた上海中心部)
に隣接する地区の警備隊少尉とし着任して、柔道4段剣道空手の有段を実戦で生かし
肉弾体当たりで逮捕します。
まるで上海バスキングの世界と抗日テロとの戦闘体験が書いてあります。
第二巻は杭州です、 私は15年前 漢方薬屋さんと上海の仕入先、
その友人の映画監督と中国女優の五人で杭州に行きました。
杭州は上海に近く西湖という湖があって南宋の都があったところです。
山の中の共産党の幹部招待所でした、最高の腕という料理人さんが居て見た事も
無いような料理を出してもらい、いまもってそれ上回る料理に会えません。
ハルビンを札幌に例えるならば、杭州は京都です。とても心が和みます。
杭州湾に流れ込む「銭糖江」という大河を海水が何百キロも津波となって逆流してくるのです。
わたしは上海の女優に気を引かれ 尻について銭糖江の北岸に立つ大雁塔(写真)に登りました。
 その女優が塔の上で 「あなたには 桃色のオーラが見える
と言ったのをしっかりと覚えています。  (桃色って おまえスケベと言ったのかな)
そしたら 突然風が吹いて彼女の帽子が飛んだのです 
なんと「お下げ髪」も一緒に空中に!目を疑いました・・
お下げ髪は帽子に付いていたのです。
著者の畠山少尉はこの北岸に駐留していた時大雁塔にも登り、その後この地を去り
銭糖江を渡河して紹興酒で有名な「紹興」を目指して突撃したのでした。
杭州駐留の時 地元の大軍閥の結婚式に呼ばれると巨漢の当主は12人目の妻だそうで
老婆の本妻の指揮下11人の妾が次々にお酌に出て来たそうです。
12人目は15歳くらいの子供で日本軍関係者はびっくりしたと書いてあります。
ちょっと前までの中国女性が年齢を気にしなかったのは意識の下
<この伝統が息づいていたのではないでしょうか>
わたしのような国際結婚
東洋鬼子トンヤンクシー(ばか日本人)は感謝です。
昨夜 女優をちょっと思い出しました・・妻の寝顔の方が綺麗かな・・・

posted by 花蓮 at 08:29 | TrackBack(0) | 考えること

2009年07月30日

アナクロニズム

Dsc05295

アナクロニズム時代錯誤と訳すのでしょうか。
県立図書館に行ったら「書庫」が開放になってました。普段見ることが出来ない中に入って
見ました。
奥の職員も来ないような暗い通路に「この本」がありました。
何か中国に関する本が読みたいなと思って ひと一人しか通れない幅をカニ歩きしてました。
ふと一冊の「教え子に語る私の戦史」という本を手に取ると、戦前中国における自分史です。
ななめ読みすると悲惨さばかり書いた自虐本ではないようです。
著者は畠山英数さん大正6年富山県生まれ、昭和13年陸軍士官学校卒、中国大陸を転戦
してタイで終戦、終戦後小中学教師と書いてあります。計算すると92歳で私の父とおなじです。         敗戦で日露以降 昭和終戦まですべての出来事は葬り去られました。
中国で毎日テレビで日本軍が悪者になって殺される場面ばかり。                                 ・   中国版水戸黄門もちろんやられのは日本兵、これが3局あります。                                                                       教えられて無い
中国戦中の歴史が知りたくなったのです。   著者の前書きで
「あの非常時と呼ばれる時代に学窓を巣立ち、祖国のため、家族のため、わが身のため
目的を持って青春の情熱を燃やした事は幸せだったと言えるかも知れません」
と書いています。 貸し出しカウンターに持って行くと、返却日を入れるケースが剥ぎ取って
無いので新しく貼ってくれたのです。
書庫開放が無ければもう終わりだったのです。
この本をひっぱり出したのが アナクロ時代錯誤でしょうか。 訪中するたび中国の準備は
「本気」でおこたりないと感じます。
赤坂の回転ドアの事故があったら 新潟空港の回転ドアが廃止になり横の
小さい戸を押してます。中国の百貨店で何千の客と私は無事に回転を通過する度に情けなくなります。

いまの日本アナクロ?
posted by 花蓮 at 14:42 | TrackBack(0) | 考えること

2009年07月28日

新潟芸妓

Dsc05290

八月八日 新潟祭りのポスターです。
おとついの日曜日イオンSPへ行ったらこのポスターが貼ってありました。
あっやばいと思う間もなく 妻がつねるのです。
このポスターのモデルは新潟芸妓で一番売れっ子の「OOちゃん」です。
数年まえ高級料亭で彼女と写った写真をPCに入れてハルビンで妻に見せたら
今年の新年初おどりでローカルニュースに「OOちゃん」が写ったら、妻がテレビまで
歩いて行って数人の中から彼女を指差し「この人あなたと写ってた!」
と言ったのです。
今日医者の友人のとこへ遊びに行ったら、この話になって彼が自分の携帯を見せました。
そこには彼が「OOちゃん」と高級料亭で写ってました(チキショー)
自然と女性の記憶の話になって 
彼いわく「女の記憶は男の数倍、顔から服の模様まで一瞬で覚えてる」 
「きっと進化の過程で必要だったんだ」 「勘の悪い女は死に絶えてた 
それから匂いも男の数倍だぞ」
亡くなった妻が「これ誰の髪の毛?」ショートの妻が長い茶色の毛をつまんでました。
言い訳 不可能を知って 身も氷る一瞬です
それ以来・・ ファブリーズを買って助手席に撒き わずかな角度と前後を
直したのを思い出しました。
彼が付け加えて、女の忍耐が10個とすれば何年も記憶していて10個に達したら
ハイさようならと後ろも振り向かない、女心の未練を歌う「演歌」の作詞家はみんな男だよ
おんなの記憶の恐ろしさを知らないんだ、おまえ奥さん何個めだ
彼の医院にネオンが灯るころ別の医者が妻に送らせて来て、
その人は中に入り数分後で出てきました「今晩 君と出かけることになってる頼む」と昼に
電話が入ってました。
行ったはずの妻は自動車をバックさせて 後ろから見ていたのでした。
(男の限界・夏の怪談)


今は清く正しい私は、新潟祭り3万人民謡流し見物の為 妻にユニクロで
4980円セット浴衣を買いました。帯があまりにも貧弱で買い増そうか迷ってます。
暗いから判らないか!!
20年もたって何もやましくないのに「あなた〜↓」と呼びかけられると、
俺は証拠を残してない 何もしてない>と 一瞬で言い訳が
頭を駆け巡るのは何故でしょう  みなさん一◎を守ればドキッが無くなります。

posted by 花蓮 at 17:07 | TrackBack(0) | 浮き草