2009年04月28日

阿部力と倭漢直

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俳優の「阿部力」と中国人女優の「史可」の結婚がマスコミをにぎわしています
「花より男子」の彼は毎日SKYPEで中国の彼女と話していると言ってました。
私みたい??
私と世代も違うので初めてこの俳優を知りました。
麻生流に言えば「時代に遅れてる」のでしょうか。
首相はこんな知識よりもっとやることがあり、「知ってることが 時代に遅れてる」のではないかな。                                              
 阿部力は黒龍江省生まれ9歳で中国から日本に帰化、中国名 李冬冬と書いてあります。

倭漢直ーわかんちょく・・首相ならこう読むかもしれません?<やまとのあやのあたえ>と読みます。
昨日くるまを運転していたら急に「この名」が浮かんだので、何度も口で繰り返して家へ帰り忘れないうちにネットで調べました。
昔むかし受験で覚えた名前で、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)将軍の祖先です。
将軍は奥州征伐で有名ですが、なんと中国人だったのです。
「倭漢直」は日本に帰化した漢王朝の子孫というような意味でしょう。
日本書紀古事記は完全な漢文ですが、彼らが書いたのでしょう。
それにしても日本の言葉の主語述語が中国語のように入れ替わらなかったものです。
クレオパトラのプトレマイオス朝は古代エジプト文法ですが、完全なギリシャ人です。

受験時代には気がつかなかった古代から現代に続く日中混血の歴史です。
不思議 不思議の日本史ですね。

三十年まえ帰化人の県(あがた)奈良石舞台「高市の里」を散歩していると妻に似た少女に遇いました。
今はタカイチと読むのですが、私はタケチと発音したい 
古代はそう言ったのでは?
ねぇ(皇女)みこさんタケチの皇女がいい

写真:現代の帰化人・・妻の和名倭漢織女 やまとのあやのおりめ 【ハルビンのマックで)                                      

posted by 花蓮 at 10:05 | TrackBack(0) | 日中感想

2009年04月26日

NHK WANDER を見ました

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今週から「ブログ人」の方式が変わり写真が大きくなりました
、いいのか悪いのか?
昨日の土曜日はNHKドラマ「遥かなる絆」第2週目を楽しみに見ました
妻はまだ中国に居るので テレビ電話で「今晩土曜ドラマ見るよ」と言うと残念そうな顔をします。 
北京の親友とホテルに泊まって 話したりトランプをしたり楽しそうです。
ドラマはそれなりに興味深かったのですが、その後の「ワンダーワンダー」が面白かったのです。
その内容は中国の春節(旧正月)の帰省民族大移動の密着ドキュメンタリーです。 
3000万人もの人が大晦日に集中するそうです。
取材の場所は香港の対岸広州駅です。
私はハルビンから日本領事館のある瀋陽に何度も電車で行きましたが、
その風景を思い出しました。日本では考えられない風景です。
                                        
1時間も前から改札に並びます、だいぶ前の方だと安心しているとそうではないのです。  15分前になると突然改札口が開きます、
それから連絡嬌を猛ダッシュで走り ホームに駆け下り列車の入り口に殺到します。
車内になだれ込み空席に荷物を放り投げ確保します。
わざと寝て二人分を占拠しているオジサンを起こすと「敵意の目」を感じます。
結局改札前に並んだのはあまり役立たないのです。

19日に結婚式に行った男性が先週の金曜に帰ってきました。

申し込む前にその男性はわたしのブログやホームページを隅から隅まで読んでくれたのです。
工作機械メーカーのエンジニアです
出発前の休日 4〜5時間も段取りや世間話をしてしまいました。
エンジニアらしく全て細かくメモを取ります私の理想のお客さんでした 
妻の報告で奥さんになった女性も元気で素直だと聞いていましたので空港到着口で明るい顔を待ってました。

喫茶店でみやげ話を聞くと 市内のテレビ塔観光に行くのに運転手にまるめ込まれて郊外の「虎動物園」に行ったそうです。
1000円くらい余分に掛かったけれど、私も見たことが無い「虎のショー」を見たそうで 
結果OKのようです。
「奥さんは中国人にしては珍しい鷹揚な人ですね」
というと「元気がいいので 引張ってもらいます」とうれしそう。

「同気 相 呼ぶ」「似たもの 夫婦」の原則が 幸いをもたらしそう。

 写真:五月来日が決まった 妻の友人と北京にレストランを作った親友

posted by 花蓮 at 10:20 | TrackBack(0) | 日中テレビ感想

2009年04月20日

NHK土曜ドラマ

1 NHK土曜ドラマ「遥かなる絆」を妻と見ました。
あす妻は結婚男性を連れて中国に旅立ちます。
ふとドラマの予告編を見ると、前に書評で読んだ記憶がよみがえりました。

 中国残留孤児の主人公の父が終戦後満州にとり残されて、辛酸をなめた記憶をドキュメンタリー風にドラマにしたものでした。
主人公の娘は父の過去に引かれて、長春大学に留学します。
父が育った黒龍江省の牡丹江という町に行きます。
今は250万の大都会です。
妻と出会う数年前 私はある女性と知り合いになりました。
その娘は6時間も掛けて「牡丹江」から来たと筆談で言ったのです。
 中朝国境に近く朝鮮族が多く住む街です。

話を戻して 昭和二十年八月ソ連は条約を破って突然二百万の大軍で満州に侵攻しました。
 関東軍八十万はすでに南方に転戦しており、防ぐ間もなく入植日本人は難民になりました。 日本に来る中国花嫁の九割は開拓団の本部があった「方正県」の出身です。
満蒙開拓団の絆が無くては今の国際結婚は成り立たなかったのです。
            
日本人は勘違いしてるのです。
方正県から100キロ離れた妻の故郷では誰も「日本人」と結婚しません。
だれでも日本人と結婚すると見下してはとんでもない間違いになるのです。        
時は十月満州の秋は短くすでにマイナス10度に下がり、一万5千人が病気・餓死などで亡くなりました。
方正県には大きな土饅頭型の合葬墓があり、お参りしてきました。
主人公の父は中国人の母に拾われたのです。
ハルビン市の北の大地「方正県」では だれもが知って語り継がれた難民の物語です。
妻の子供の頃と たいして違わない農村風景がドラマに出てきます。
妻も私もティシュで涙を拭きながらみました。
まだあと4回連続です。 
「来週 君は主人公の故郷に居て 続きはみれないなあ」
 「私 見に帰ってくる」 
私はこのドラマのように満州と深い関係を持ったのだと、妻の寝顔を眺めました。

写真:昔の中国絵葉書から               

posted by 花蓮 at 09:29 | TrackBack(0) | 日中テレビ感想