2009年02月22日

同級生三人組

Dsc04975 妻の同級生が結婚しました。ハルビンに行く何週間も前から妻はいそいそ準備に余念がありません。                               わたしは中国用に200Vの電気釜を探しました。新潟にはロシア人が多いので彼らの為の電気店があり電動工具や電動仮設リフトまで売ってます。  日本の電気釜は人気らしく、以前から空港で里帰りする中国人が持っているのを見掛けていたので空港の近くやっと見つけました。 最近中国から「おいしくご飯が炊けてます」と言ってきました。                                       妻の同級生仲良し3人組みです、左端の娘は低音な声を出すので「男」と私があだ名をつけたのを怒って「パンチを」とハルビンで待ってます。                       ほんとに竹を割ったような性格でアメリカ人の恋人が出来たのに 毎日「アイラブユウ」がうるさいと別かれてしまいました。資産家らしく今月北京にレストランを開店するらしいと妻が言っていました。                                                  新婦は新潟市に来ます、男性の家は近所で春になったら妻も自転車で行き来できると楽しみにしています。 春よこい・・

    写真: 妻となかよし同級生                    

posted by 花蓮 at 08:12 | TrackBack(0) | 日中感想

2009年02月20日

明治幻視 (4)

Photo きょうは海軍編を書きます 明治はまだ漢文の素養がとても残っていて名文です。 「坂の上の雲」の一つのハイライトは「日本海海戦」です。この海戦こそ近世まれに見る完勝でした。日本は下瀬火薬など世界最高の砲弾を開発して鋼鉄戦艦は沈まないという常識をくつがえしました。                              ・     しかし負ければ日本がロシアに占領される危機にあった戦いでもあったのです。奉天に虎の子の旭川師団を派遣し、国内にはもう兵が残って居なかったのです。                                          「皇国の荒廃この一戦にあり 各員奮励一層努力せよ」の有名な檄文が東郷司令長官から発せられました。                        ・                              この戦いに後の山本五十六元帥が一兵卒として艦隊最後尾の「日進」という軍艦に乗っておられ、砲弾で負傷したのはあまり知られていません。              ・              「日本海海戦」の歌を聞くと軽快なテンポで耳に残ります。                   〜(1)海路一万五千余里(ヨーロッパから) 万苦忍び 東洋に 最後の勝敗 決せんと 寄せこし敵こそ けなげなれ・・                                          (2)時 これ (明治)三十八年の 狭霧も深き 五月すえ・・                   (4)敵艦合わせて 約四十 二列の従陣 作りつつ 対馬の沖にさしかかる     (5)戦機今やと待つほどに 旗艦にあがれる 信号は 「皇国の荒廃 この一挙 各員奮励 努力せよ」                                            もう一つ書きたい歌 軍神「広瀬中佐」です 旅順港に逃げ込んだロシア艦隊を湾から出られないように出口に貨物船を沈めて障害物にする「旅順口閉塞作戦」の有名なエピソードです。沈める貨物船の杉野曹長が戻らないので司令官広瀬中佐が探すうちに 中佐も砲弾に当たって亡くなる逸話です。                                           (1)とどろくツツ音 飛び来る弾丸 荒波洗う デッキの上に 闇を貫く 中佐の叫び 「杉野はいずこ 杉野は居ずや」 (3)・・・旅順港外 恨みぞ深き 軍神広瀬と その名残れど                                                 私が引かれるのは「恨みぞ深き」・・その名残れど この部分です 明治はまだ 人間を歌うことができたのだと思います、司馬さんが「輝いた明治」と言ったおおらかさが残った時代です。先日テレビを見ていたら海上自衛隊が大分の広瀬神社を表敬していました。      ただし「恨みぞ深し」にもう一つ解釈があります、「とても残念だ」という意味で杉野曹長を助けられず、閉塞作戦も失敗して残念の意味かもしれません。                    明治の男ならこれかな

                   写真:  *東郷元帥*

「203高地」をビデオやで見つけました、旅順口閉塞戦も描がかれてます。

 

posted by 花蓮 at 09:41 | TrackBack(0) | 浮き草

2009年02月19日

明治幻視 (3)

203 Dsc04996 歌詞のなかにだけ夢理想の世界があるものです。サザンの歌、裕次郎の歌そして軍歌などです。                                組織は官僚で成り立ち それが優秀でなければ何十万の人間が動くことはできません。                                      人間が寄れば対立があり、登ったり蹴落とされたり憎しみ喜びが交差します。 (軍隊も同じ)                                         しかし歌の中は理想が生きて、夢が実現しています。                       だから人は歌うのでしょう。今では忘れ去られてしまい、カラオケブックにも載ってない                                    明治の軍歌を書きます。                                                今日は陸軍編 「水師営の会見」戦前は教科書に載った一番有名な故事です。 旅順要塞が降伏した時、敵将ステッセルと乃木将軍が郊外の水師営で会見した情景を歌ったものです。

(3)乃木大将はおごそかに 御(み)恵み深き大君(おおきみ)の                            ・  大(おお)「みことのり伝うれば 彼かしこみて 謝しまつる                                          (4)昨日の敵は今日の友  語る言葉も打ち解けて                     ・ 我はたたえつ彼の防備  彼はたたえつ我が武勇 〜 

    近所のおばあさんがすらすら歌いました。 

(5)砲(つつ)音絶えし砲台に  ひらめき立てり日の御旗(みはた)〜         ((最後のフレーズ) 

 203高地の土産物屋の中国老人が静かに私に聞きました「今日は何の日か知ってますか」 「いえ 知りません」 「今日は乃木将軍とステッセル将軍の水師営会見の日です」「え!水師営ってなんだったっけ」     <日本人の落ちてしまったところ見せてしまったのが 恥ずかしく悔しく 心に突き刺さりました> この中国老人は「地球を歩く」にも載ってます        ・                                                          アメリカ策略や文部省の無策に引っかかって歴史を勉強しなかった自分の怠慢と馬鹿さが今でも・・                                                  この最後フレーズまで歌うと 「一月五日水師営の会見」の日 旅順203高地の砲台に奇しくも立ったのを思い出して クックッと感情が込み上げるのです。〜ひのみはた〜        

   写真* 中国人になった私(しわ消した修正写真) * 203高地 今は松林でこの山のイメージはありません、頂上に日の御旗が立った明治38年12月

posted by 花蓮 at 10:09 | TrackBack(0) | 浮き草