2008年07月25日

国家と個人と

Photo 私の妻は中国人です。また韓国の友人李さんもいます。彼は今六十七歳 初めて会ったときは四十七歳私が四十歳のときです。ソウルのサウナに二人で行ったとき大浴場でどちらが大きいか比べっこしました。彼の奥さんは吉祥天女のようにふっくらした顔です。お互いに高年になった近頃新潟を訪ねてきて温泉でまた比べようかということになったのですが白毛が混じって老人になってました。中国人従業員のKさんと気があって彼の三畳のアパートで本職よりうまい水餃子を作ってくれたり、またある日工事現場で鉄の柱が倒れてきて日本人従業員はサッとにげ私に当たると思った瞬間、Kさんが頭を突っ込んできて柱は彼に当って 額に血が・・・。私は無傷でした。李さんが愛国歌(韓国国歌)を歌うとき彼は敬礼しましす。ウリナラマンセ〜、中国のカラオケでKさん兄弟は愛国歌「中国人」では敬礼します。Kさんは日本に政治的避難だった事を後で知りました。一族は公安の高級幹部で署のセルシオで送ってくれたり、反日に眼(ガン)をつけられた時特殊部隊と思われる彼の部下が公衆便所まで「つれション」してガードしてくれました。アメリカ人のM君 息子の親友「寿司食べさせてやるよ」というと「廻るのはダメ」 彼いま海兵隊イラク沖にいるらしい。こんななつかしい個人たちと別に、内蒙古の日本照準の核弾頭、竹島、いま関東の空は米軍が占領してます(絶対てばなさい)個人と別です。1932年ロサンゼルスオリンピック馬術競技Photo_2で金メダルを獲得した「西中佐」が米国で米軍人達からお別れに銀製コルト拳銃を贈られたそうです。ロサンゼルスの名誉市民です。硫黄島で「中佐」の存在を知った米軍は「バロン西 きみが命を失うのはあまりにも惜しい」と助命を呼びかけたけど、彼は銀のコルトを持って突撃しました。今尽くす日本の中心はパイナップルの穴、みんな無駄でした。日本の医療のお役人さん こういう人を「士」というのですよ。(三省堂国語辞典)私の友人の妻 内海桂子師匠が戦前満州軍を慰問したとき、夜真っ暗い廊下でトイレまで案内してくれたのが後の硫黄島司令官栗林中将(映画で渡辺謙が演じた役)だったと話してくれました。栗林中将、西中佐ともに滞米経験で無謀な開戦と知っていた。しかれども務めは重し 身は軽し。

   写真: 硫黄島: *西中佐と愛馬ウラヌス(ウィキペディアより)

posted by 花蓮 at 08:39 | TrackBack(0) | 日中感想

2008年07月24日

夫婦は最高

Dsc04278 他人がその人のために死んでもいいと思ったり、四六時中その身を案じたりできるのは男と女あるいは夫婦です。子供はもちろん可愛いけれど、その別な人生が後の世のために続いていきます。子は別です。しかし魂が一つの夫婦は共に生きる単位なのです。それが感じられない夫婦もあるかもしれません。努力してみてだめならもう一度生まれ変わってやり直すのが良いかもしれません。人の心はほんとに変わっていくものです。若いとき燃え上がって死んでも一緒になると思った相手が顔もあわせたくなる場合があります。六十になっても七十になってもいっしょにいたい 相手の顔をみているだけでいつくしみの感情が湧いてきて、もはやSEXがなくなっても居るだけででいいなんて神が創った不思議としか言い様がありません。この雰囲気は無限の振動となって伝播して、まず子を振るわせ家族を振るわせます。この人生劇場の[心のしびれ]を感じられないなら、サザンのコンサートを途中退席するようなものです。感動夫婦から「秋葉原青年」なんて生まれる余地はありません。良くも悪くも男と女夫婦の情がすべてを決め、人生を天と地に分けます。  あなたよ きみよ 最もいとしい人 次に父母が子が兄弟が友人が国家が私を支える。この世のユニット とこ と んな photo: a rose for you

posted by 花蓮 at 08:25 | TrackBack(0) | 浮き草

2008年07月23日

咲いている

Dsc04377Dsc04381                                                

                           さくらさくら〜チュウリップの花が〜ばらが咲いた〜水芭蕉の花が〜遥かな尾瀬^〜春から夏へ花々が咲いていきます。今は我が家の花もみんな散って一休みと思っているとひまわりが急に二メートル以上も伸びて咲きました。パッチリ目みたいな花 ソフィアローレンですね。ところが向日葵と漢字で表わすように南の隣家に向いて咲いているのです。完全に下にうなだれていたのを竹の棒を添わせて起こしました。十センチのひまわり、一メートルのひまわりそれぞれです。五十代は花があっても見えなかったのに不思議です。公園を歩いているとクローバーを自分が踏んでいるのに気づきハッと思って道まで戻りました。先の陛下が雑草という植物はないとおっしゃったそうですがふとそんな言葉を思い出しました。花は戊辰戦争にも太平洋戦争にも私の死にも悲しまないでただ咲いています。 写真:我が家の向日葵

posted by 花蓮 at 10:04 | TrackBack(0) | 日記