2008年02月16日

仁川と成田

Photo 南大門のことを書いたので韓国の話題をもうひとつ。仁川(インチョン)空港 韓国の24時間空港ですね。わたしの昔あたまでは「じんせん」と覚えています。朝鮮戦争の頃 中国人民開放軍の参入で米軍が釜山近くまで追いつめられた時、マッカーサーが仁川に逆上陸したため背後を突かれた共産軍は48度線まで後退したと習いました。仁川を空から見ると遠浅で潮の干満の激しい多島海です。仁川空港を観察すると本滑走路に匹敵する誘導路、まだ余地を残した土地、貨物専用ターミナル、新潟行きははずれの56番ゲート、凹面状の巨大なターミナルです。ゲートに余力がありそうなのにさらにもう一つかなたに作っています。海なので騒音問題なし夢の24時間空港です。ハルビンに行くのに仁川経由で行ったことがあります(アジアのハブ機能)。韓国の若い官僚のすばらしいビジョン、行動力の成功、成田は完全に失敗です。羽田を埋め立てて5本の滑走路を作ればまだ少しは間に合うかもしれません。日出づる羽田 フレーフレー東大。  

posted by 花蓮 at 09:37 | TrackBack(0) | 考えること

2008年02月12日

南大門が燃えた

Namdeamun_photo1 韓国の南大門が燃えてしまいました。私の母は朝鮮からの引き揚げ者です。こどもの頃母は「朝鮮漬」といって今のキムチをよく食卓に載せました。祖父は韓国の全羅南道 木浦(モッポ)という黄海側の町で消防署に勤めてました。母は木浦の思い出を小学校の遠足は京城(けいじょう)「ソウル」に行き南大門の前で記念撮影をしたと懐かしそうに話してました。母はモッポ生まれで木浦高等女学校卒、元大統領の金大中さんは木浦高等商業だったそうです。わたしも昔 韓国に行ったとき南大門の優美な姿を見ました。ここは祖父や母が見た街かと感慨深いものがありました。焼け落ちる南大門に百合の花が供えられているのが写っていました。韓国の人の気持ち、思わず涙がこみ上げてきました。なんで焼けなければいけなかったの!この日を忘れないようにブログに書きます。     写真:ソウル「南大門」

posted by 花蓮 at 15:08 | TrackBack(0) | 浮き草

2008年02月05日

罪ほろぼしに

Dsc03970 Dsc03971 昨日は東京地方にも雪のたよりが、新潟もちらほら。こんな日は野にも餌が無くなるので野鳥にパンをやっています。飲み屋のネエサンにやり過ぎた罪滅ぼしです。鳥の世界も強いものから餌を食べて、小さいスズメは一番最後です。見ていると過食はしないようです。食欲に負けて糖尿になるのは人間だけのようです。カラスはこの辺では王者ですが、米パンなどには見向きもしません。しかし自然界の油断は命取りです、名も知らない小さな鳥がいきなりスズメに襲い掛かりくわえて飛び去りました。あっという間の出来事でした。我が家に居ついた猫も植木鉢の陰から狙ってます。ついに一羽つかまえて遊び道具にしてます。一寸先は闇 あれが母スズメなら子は飢えて死ななければなりません。人間世界にも赤ちゃんポストがあるとか、要は捨て子ではありませんか。役所は言い換えの名人です。  *写真 *我が家の冬の餌場:(拡大できます)*

posted by 花蓮 at 11:19 | TrackBack(0) | 日記