2008年01月23日

唐都長安の春

Dsc03899 Dsc03897 時は唐の頃 都の西北ある大臣の部屋 「ことしも桃の花の季節になったな なんでも去年の末には東の海の島から遣唐使が来たそうじゃ。大和のくにの「福田とかいう左大臣」と「小沢とかいう右大臣」じゃそうな。わが大唐帝国 にわざわざすり寄ってくるとは手間要らずじゃ。千年前「魏」の国のころ「金印」をくれやったら、それを国治めに使っておったそうな。今度も「金印」ですか。福小どっちが勝っても良いよう「皇帝」はもてなしてやったそうな。皇帝がおほめになるときは注意ですな。 思慮が浅い者たちよ。 ときに区長 おぬしの息子の詩は陛下の「唐詩撰」に入ったそうな。して題はなんと言う   「都城南庄」と申します。  それをここで披露してくれまいか。   では                   :                                                       去年今日此門中   去年この門の中で                         :     人面桃花相映紅   桃の花が咲いていて美しい娘に会った            :     人面不知何赴在   あのこはいま どこにいるのだろう                          桃花依旧笑春風   桃の花だけが去年のままで ただ春の風が吹いている                                                                                                                                                                がこの絵を20年前広州で買って、事務所にずっと掛けておきました。中国人大学院生の馬さんがアルバイトにきて、「社長此れは有名な詩の末句です、この前の句知ってますか」と聞いてきました。私は何年も読み方が解らず眺めていました。盛唐のころの「崔康」という詩人の句で、長安の都の南区を散歩していた時出会った光景を詠んだ七言律詩だそうです。桃の花と美人、いつの時代も気持ちを動かすものですね。                                             :写真: 唐詩集 : 広州で買った絵「都城南庄」 (拡大OK                 :                 

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アムール河の朝ぼらけ

Dsc03895 Dsc03896 私が20年通ってる喫茶店があります、マスターは2つ年下 高校と大学が同じなのでよく昔話をします。奥さんは立教の英米文学科で浅草生まれ。 この店は雰囲気が洒落てるので夕方ホステスのおねえさんが同伴の待ち合わせをしてます。20年観察してると別れ話の場面にも出くわします。「あんた卑怯だよ」のかん高い声、振り向くと私も行く店のホステスさんとこれも知ってるお医者さんが真っ青。 わたしも同伴に使ったけど、一度もいい思いをしたことがありません。マスターにこの店縁起が悪いよというと、焦るからじゃありません。ギャフン。最近は運動をかねて自宅から歩いていきます、浮いた同伴も無く退職者のような会話と雰囲気です。今日は珍しく昼間からドライジンを注文しました。彼が小学校の応援歌を口ずさみました。えっ ちょっと待って その歌詞に釘付けになりました。彼の小学校は新潟市のはずれ一面田んぼの中にあります。    アムール河の朝ぼらけ シベリアの風荒れて 騒乱怒涛の寄すところ・・・歌い出しです。アムール河とは黒龍江のロシア名です。新潟の田舎に何でこんな応援歌があるの?                   写真:  :20年の喫茶店 :

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2008年01月22日

日本の正月 (裕次郎の歌)

Dh271231010_4Dsc03894_5 Dsc03893_3           正月もそろそろ終わりですね。ハルビンから帰って初めてブログを書きます。今日は私の所属しているロータリークラブの新年隆盛祈願祭でした。新潟鎮守の神社で神主さんに特別祝詞をあげていただき今年の意欲を新たにしてきました。16日に東京の大手銀行に勤める青年から見合いの申し込みがあり、写真を女性に送ったところ彼女は一目惚れしてしまいました。運命の紅い糸はあるのですね。ヨン様に似た彼は20日新幹線で新潟まで来て見合いをしました。彼が蚊の鳴くような小さな声で「僕と結婚してください」というと彼女は返事をしません。その代わり顔が真っ赤になりました。こんな場面絶えて見たことがありません。礼儀正しさ、見た目、経歴もなど彼女が夢見た王子様だったのでしょう。彼はアメリカとフランスに留学していて見識も抜群で、休みには皇居を一周のジョギングをするそうです。この正月私が極寒のハルビンにいる頃、彼も「万里の長城」に居たと聞いて「運命」を感じました。彼女は12/31にHPに載せたばかりだったので、元旦にはまだを知らない二人でした。   紅い糸はあったのだ〜   離我任天  彼が今日女性とその両親宛に手紙を託してきました。なんとまあ丁寧な! 優しさは互いに感応するのです。                    写真: 運命のひと : 新年隆昌祈願祭:  <追伸> このブログを書き終わった今10/28に載せた「還暦結婚」のお客さんから「見てますよ〜」の電話、奥さんのビザが下りて26日に大連まで出迎えに行くとの連絡。若い妻が「迎えに来てぇ」 のこのこ、私と同じ60歳 わたしも のこのこ。でれ〜  「俺はおまえによゎ〜いんだ ただそれだけ〜」裕次郎の歌が聞こえてきます。

                                                                                         

posted by 花蓮 at 16:46 | TrackBack(0) | 国際結婚体験集