2007年09月30日

青春が駆け抜けた街

Photo Photo_2 昨日愛知県蒲郡市の青年から結婚の履歴登録がありました。彼と話しているうちにもくもくと忘れていた三十八年前の記憶がよみがえってきました。私は昭和42年4月東京鷺宮にあった山一證券の独身寮にいました。3ヶ月間佐賀町にあった研修センターに通っていましたがその時同室に居たのが蒲郡出身のM君です。街にはカルメンマキの「時には母のない子のように」が流れて、不安な新人の心を包みました。私の最初の赴任地が浜松です。東京でかっこ良い営業を夢見ていた私には、浜松駅の古びた木の改札扉を通って見た街は灰色でした。手には東京駅で片思いの彼女がくれた別れの「さくらんぼ」がありました。浜松航空基地のネットフェンス沿いを青空のジェットを見上げて、飛べぬわが身を嘆いて歩きました。そのとき同じ会社でなぐさめてくれたのが最初の妻です。デートで蒲郡に行ったのを鮮やかに思い出したのでした。M君は地元の大きな会社の息子で、早々と山一を辞めて帰郷していて遊びに行ったのです。ネットで調べたら商工会議所の役員になってました。その妻も不治の病で他界、今次男は登録青年と同じ歳。青春が駆け抜けた東海路でした。写真:浜松城、浜松基地のイメージ(飛べなかった鳥):

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2007年09月23日

北京-東京−新潟

このタイトルは何でしょう。実は今日の見合いの位置関係なのです。見合い希望の男性は東京で女性はたまたま北京に出張中なのでこうなりました。女性はなかなかのキャリアでノートPCを持って北京に滞在中でした。日本男性の場合Skypeを開設するのに不安があるのですが、彼女はサッサとダウンロードして新潟の私にも試験通話をしてきました。私がいつもやる段取りを自分でしてしまいました。ホントに感心しました。やはり男性もこれに惚れたらしく来月10月ハルビンで実際に会って見合いすることになりました。いままでなかな首を立てに振らなかった男性ですが、日中の首都と新潟を結んだ現代の見合いに満足のようでした。今日終わってみて北京−東京ー新潟を結んで見合いしたなんて信じられないような気持ちです。写真:skypeのテレビ見合い:Dsc02988

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2007年09月17日

美女と話そう!

Dh270720011 Dsc02979 私は中国に居る妻と毎日パソコンTVで顔を見ながら話してます。skypeという無料ソフトをダウンロードするとカメラとマイクを買うだけで話せてしまうのでとても便利です。今日はその優れものの仕組みを使って福岡の男性と私の経営する花蓮国際結婚相談所のトップページを飾る美女とのテレビ見合いでした。男性60歳、女性は26歳とびきりの美人です。男性は気さくな方で、電話で私と話してス〜と入っていってしまいます。呼吸でしょうか、私の思ったとうりに女性の方もすんなり話が進みます。昨日と今日顔を見ながら1時間も話し、10月に結婚することで決まりました。天の配剤、先のブログで紹介した「Cさんダイヤモンド」に続く「Dさんダイヤモンド」です。(ちなみにCさんは14日奥さんの在留許可証が入管から来たと喜んでメールが来ました)skypeはどうして無料なんでしょう、私はこれで半年も妻と話してます。便利な時代になったものです。:写真:skypeの妻、今日婚約した当相談所の女性:

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