2018年09月24日

大和古寺巡礼 (3)

法隆寺は最古の木造建築、仮に再建されたとしても
五重塔、金堂など天平の古い様式を保っている。
帝国ホテルのディナーに正式招待されたような
緊張感がある。 どこから書けば良いのだろう。
薬師寺などは破壊消失された寺の昭和の再建
だから「すき」だらけである
どこを切り口にしても良い。書きやすいのだ
ところが法隆寺はどうだ
天平の最高の技法だ 私にコメントする知識も
技量もない。書くのを止めて「海龍王寺」なんて
三十年前の地図には「廃寺」と載っていた寺について
書こうか。とにかく法隆寺は難しい。
posted by 花蓮 at 17:44| Comment(0) | 日記

2018年09月23日

 大和古寺巡礼 (2)法隆寺

薬師寺の伽藍はほぼ復元した
ただ残念なのは鉄道が回廊のすぐとなりを走って
居る事だ。西大寺から分岐して県南方面へ行く
近鉄だ。か〜んカ〜ン 境内にいても聞こえてくる。
天平の雰囲気に浸っているのに台無しだ
近鉄線が敷設されるころ 塔ひとつに落ちぶれて
いた薬師寺は反対する力も無かったのだろう
それより昔の最大規模の境内を近鉄が通過して
いると思われる画が遺構永久に破壊されたのでは
ないだろうか。たぶん私が生まれる以前の戦前の話だ
鉄路をとなりの池の西側に迂回させたらどうだろう。
現在のスピード化と遺跡保護の戦いである
もっと南の大和郡山城でもお堀をかすめている
何か破壊したのではなかろうか。
今日は法隆寺について書くつもりだったが筆が
それてしまった。実は難しいのだ明日にしよう。



posted by 花蓮 at 13:27| Comment(0) | 日記

2018年09月21日

 大和古寺巡礼(1)薬師寺

いまから三十数年前 奈良薬師寺に行った
当時は東塔一つしかなく 鎌倉時代の仮設(?)の講堂があった。
そこで当時は青坊主だった「高田好胤」さんが面白可笑しく
我々学生に話してくれた。
勿論 西塔、回廊(塀)中門 金堂 講堂も全く無かった。
 後に管主まで出世する高田さんは創建当時の薬師寺の姿に
復興すると学生に熱く語った。それから三十数年一度も
薬師寺に行った事がないがチューブでみると講堂も西塔も全部
復興している。
人の熱意は大したもの、口にした事は実現する。
再建にたずさわった宮大工「西岡常一」さんの自伝を二十年前に
古本屋で買った。”木は千年もつ”と何回も語っている。
今回の講堂再建で残念だったのは内陣部分は鉄筋コンクリートだった
と言っている。
コンクリートは五百年もつが千年もたないと
法隆寺・斑鳩の宮大工「西岡」さんは 金堂の屋根瓦を吹き替えた時
瓦を除けると軒がぐっと持ち上がったそうだ。
軒たる木は千年生きていたと確信したと書いている。
従って薬師寺は建築基準法という近視眼的法律に阻まれたが 残りは釘を
使わない天平以来の「木組み」で完成した。
 つづく
posted by 花蓮 at 14:51| Comment(0) | 日記